2016年5月20日

かあいそうなブロントサウルス

 最近仕事で恐竜を描く機会があったのでーーというよりぼくが恐竜を描きたかったので描かせてもらったのだけれど、久しぶりに恐竜について少しリサーチした。
 未だになかなか種類を覚えられず、ティラノサウルスとかブラキオサウルスとかトリケラトプスくらいの定番中の定番しか名前が出てこないのだけれど、なにかもっと別に定番のやつがいたような気がしてならなかった。玩具の恐竜には必ずラインナップされているような、わかりやすい形で、大きくて緑色のやつ。そこでひとつ思い出したのが、故郷の運動公園に鎮座していた恐竜像のことだ。ぼくがまだ幼稚園に入ったかどうかというくらいの古い記憶なのだけれど、父とよくその公園に行って恐竜像で遊んだのを印象強く覚えている。ペンキで塗ったような嘘っぽい緑色、お腹は黄色、眼や口の塗りも雑でいかにも遊具といった出来だが、本物らしいという意味でのリアルさとはまた別の迫力を持っていた。確かお腹の中が空洞になっていて入ることができ、そこから滑り台になっている尻尾の上に出られる造りだったはずだ。遊んだといってもそこにはどこか恐怖心のようなものもあって、中に入るのはともかく、外から見たその恐竜は子供にとってはやはり巨大だったし、大きく開いた口の中は真っ赤に塗られ白く細かいギザギザの歯が生えており、ぎょろっとした黄色い眼なんかがうつろに空を見つめているのはとても怖かった。さらに父が「夜になると歩いてどこかに行く」などというお決まりの怖がらせ文句を言ったりするので、"大きな遊具はとても楽しい"けれど、"恐竜はとても怖い"という相反する感情が同時に沸き起こって妙な気持ちになったものだ。今でもぼくには"巨大なオブジェに対して恐怖と興味が同時に沸く妙な気持ち"が残っている。
 その恐竜像との思い出には、巨大で恐ろしい恐竜に対し幼いぼくが勇気と怒りでもって思い切り蹴ったら足をくじいたというアホな漫画みたいな話があるのだけれど、それはともかくとして、重要なのはその恐竜の種類だ。ずんぐりした身体に長い首、象のように大きく太い脚。今もぼくの中で恐竜のイメージとして残っているのはこの恐竜の姿だろう。ティラノサウルスでもトリケラトプスでもない、首が長いといってもブラキオサウルスとは全然違う。あの恐竜はなんなのだろう?公園の遊具ということもあり明確な種類はなく、なんとなくのイメージとしての恐竜に過ぎないのだろうか。玩具にもよくあるデザインだからそうなのかもしれない。けれど、多少のデフォルメがあるにしてもモデルくらいいるはずだ。定番の恐竜の姿としてここまで世の中に溢れているのだから。そうして、ぼくはその地元にある公園の名前をグーグルの検索欄に入力し、後ろに「恐竜」と付け加えて検索したのだった。
 趣味というのは本当にいろいろあって、世の中には日本全国の恐竜型遊具のある公園について記録しているひともいるようだ。各所の名称と所在地、なんの種類のどんな恐竜遊具が設置されているかということが書かれたリストの中に、ぼくの思い出の公園の名前もあり、それによれば幼く純真な瑞丸少年を怖がらせたあの恐竜はアパトサウルスという種類だったらしい。では、そのアパトサウルスというのはどんなやつなのだろうか?このことを調べると意外なことがわかった。
 当然ながら遊具の恐竜はデフォルメされた姿なので、ちゃんとした復元画ではだいぶイメージと違う姿をしていたのだけれど、ともかく首が長く巨体なのが特徴の竜脚類で、ブラキオサウルスなどもこの仲間である。しかし釈然としないなあ。アパトサウルスだなんて、悪いけれどぼくが恐竜の種類に疎いことを差し引いても全然親しみのない名前だ。遊具や玩具のモチーフによく使われているなら、もっと聞き覚えのある名前でもよさそうなのに。この疑問はわりとすぐ解決した。アパトサウルスはかつてブロントサウルスと呼ばれていて、このブロントサウルスという名称にはぼくもピンときた。頭の奥の奥の方でパチンとなにかスイッチが入るような感覚。ブロントサウルス。確かにこの名前には覚えがある。『ドラえもん』などでよく耳にしたんじゃなかったっけ。
 19世紀の終わり頃、アメリカ人古生物学者オスニエル・チャールズ・マーシュは発見した化石を新しくブロントサウルスと名づけたが、後になってそれよりも前に見つけて命名していたアパトサウルスの骨と同種だということがわかり、先に発表されていたアパトサウルスに名称が統一された。それでもその後長い間ブロントサウルスという名前とイメージはポップ・カルチャーに根強い人気を持ち続けることになる。1925年に公開された映画『ロスト・ワールド』ではウィリス・オブライエンによるストップモーションによるブロントサウルスが暴れまわり、1933年のシカゴ万博では石油会社シンクレアによる恐竜庭園に巨大なブロントサウルス像が展示されて人々を圧倒した(シンクレア社のロゴマークにも小さくブロントサウルスがあしらわれている)。とっくに学問の上ではブロントサウルスの名は無効化されてアパトサウルスの名前しか残っていないはずなのにも関わらずだ。日本でも昭和時代にかけてブロントサウルスはそのヴィジュアルと「雷竜」というかっけえ名前によって定番の人気恐竜の地位を得た。しかし、70年代になってからは新しい研究結果等によりブロントサウルスとアパトサウルスの完全な統一化と、ブロントサウルスの存在抹消がなされ、図鑑や博物館、その他メディアから姿を消すことになってしまう(とは言えぼくも名前に覚えがあるくらいなので、完全に抹消が済んだのは最近なんじゃないかなあ)。『ドラえもん』の大長編第一作『のび太の恐竜』にもブロントサウルスという名が出てくるシーンがあるが、新しい版ではアパトサウルスに修正されてしまっているらしい(我が家にある藤子・F・不二雄全集では"あえて"一切修正をせず昔のまま収録しているのでブロントのままだった)。昭和の恐竜好きのひとりとして、F先生もブロントサウルスには思い入れがあったのではないだろうか。ともかく、こうしてかの恐竜は姿を消してしまった。かあいそうなブロントサウルス。
しかし、またここでどんでん返しが起こる。去る2015年、やっぱりブロントサウルスはアパトサウルスとは別種らしい、という最新の研究結果が発表されたのだ。「ブロントサウルスはいなかった」とされていたことすら知らなかったぼくには二重に驚きである。なんでもブロントサウルスとアパトサウルスの間には別種であると言える違いが多くあったとか。正式にブロントサウルスが復帰したわけではないけれど、復活する日が期待されているらしい。ぼくは人気者だったにも関わらずその存在を否定されて消されてしまったこの恐竜が、その不遇さゆえに好きになった。図鑑に帰ってくるのがまだまだ先になっても構わないし、それが残念ながら実現せずとも、「幻の恐竜」「かあいそうな恐竜」としてのブロントサウルスに想いを馳せたいと思った。