2018年6月24日

『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』(2017)


 でっかい魔法使いのおじさんの頭の形のお店とか、オレンジ果実型のお店とか(オーランドもアナハイムもオレンジ群だから?)、とにかくそういう、ディズニーの世界観を禍々しく解釈した建物(ディズニーランドってこういう感じだろ?みたいな適当な真似)が並ぶ光景はなかなか悪夢的。アナハイムでの失敗から、オーランドでの開発はなにもかもコントロール下で行われたとばかり思っていたが、それは単に内側から「忌々しい外の世界」をうんと遠ざけただけなのかもしれない。もちろんそれだけでも「フロリダ計画」は成功したと言えるのだろう。

 2番目のディズニーパーク建設計画そのものをタイトルとしたこの映画は、ウォルトが図らずもその王国から遠ざけてしまった子どもたちの物語だ。パーク内で遊んでいる人々がおそらくこれっぽっちも考えないであろうすぐ外側での暮らしが生々しく映し出され、王都建設が湿地帯になにをもたらしたのかがだんだん浮かび上がってくる。「7人の小人」の名がついた大きな道路を、目的地に向かって脇目もふらず走り去るたくさんの車、彼らの注意を少しでも引こうと派手に飾り立てる土産店やアイスクリーム店、とにかくお城っぽい見た目の安モーテル、廃墟同然になった空き家群、そしてところどころに残された、開発前の名残である沼地……。そこは夢と現実の狭間として、またひとつの世界観を持つ。

 特にムーニーたちが沼地で遊ぶシーン。幽霊のような枝を垂れ下げた大木が生え、見ているだけでジメジメした気分になるが、遊んでいる子どもたちは至って楽しげである。なにより「普通なら」マジック・キングダムで遊んでいるであろう子どもたちが、マジック・キングダムになり損ねた沼で遊んでいるという画が象徴的である。

 この湿地帯が選ばれたのは、もちろん値段が安く広大な土地を必要としたディズニーにとって好都合だったからだ。沼で遊ぶ子どもたちさえも、「フロリダ計画」の産物なのだ。

 そんなムーニーたちを不幸だとかかわいそうだとかは、こちらは勝手に言うべきではない。確かに彼女を取り巻く世界は限られているかもしれないが、少なくとも彼女自身は常に前向きで、日々を楽しもうという意欲でいっぱいである。もちろんその影で彼女の母親はじめ大人たちの苦悩があるわけだが。

 ウォルトがムーニーたちのような子どもたち、あるいは彼女の母親のような人々の生活を知り得たか?ノーだ。実は彼は「フロリダ計画」の最中、1966年12月15日にこの世を去っている。計画の行方も、王国の完成も、その周囲に出来上がった不思議な世界のことも、彼は知らない。

 さらに弟の意思を引き継いでディズニー・ワールドを完成させた兄のロイ・ディズニーもまた、開園からたった三ヶ月後に脳梗塞で死去した。孫とともにディズニーランドに行こうとしていたその日に。

 ディズニー兄弟は「フロリダ計画」がやがてどんな世界をもたらすのかを知り得なかったし、それは未来都市エプコットとは全然違う世界だが、エプコットを夢見たのと同じような前向きさを持つ、子どもたちの世界なのだと思う。

 もしぼくがアナハイムにしろオーランドにしろ、向こうのパークに行くことがあったら、ホテルの予約は本当に気をつけたいところだ。