2018/05/20

「超一流ビジネスマン」

 昼寝をしているとセールスの電話がかかってきた。
 最近引っ越しを検討していて、不動産屋さんとやりとりしているところだったので、「不動産会社」という言葉に反射的に対応してしまったのが間違いで、話を聞いているとどうやら全然関係がないマンション投資の話で、それどころかぼくの名前も呼ばれていないのでセールスに違いなかった。
 セールスの電話で毎回びっくりするのは、よくもまあこんな要領を得ない話し方をするなあというところだが、今回は特にすごくて、相槌を打つ暇もなく延々話し続けるので圧倒された。電話を耳から離して放置してもいいのではないかとさえ思えた。
 そうしようかと思ったところで、なにかを問いかけられる。なにを聞かれたのか全然わからないが、辞退するタイミングのようなので、今はちょっと時間が、みたいなことを口走ると、
「ではご都合のよろしい時間帯はいつ頃でしょうか?」
 そうか、こういう断り方はこう返されてしまうのでよくないのだった。
 ぼくは普段から電話があまり得意でなく、というかむしろ大嫌いだ。
 仕事の連絡もできるだけメールでやらせてもらっているし、知らない番号からかかってきた場合にはすぐ取らず、どこの番号か調べてから応答するなり、かけ直すなりしているほどである。
 いち社会人としてよくないことはわかっているが、全く心の準備ができていないときに誰かと話さなくてはならないというのが、怖くてしょうがないのだ。
 相手の顔が見えなくてうまく話せないというひとも結構いるらしいけれど、ぼくの場合は顔が見えていても難しい。むしろ顔の見える電話のほうがもっと嫌なくらいだ。一時期はなんの断りもなくフェイスタイムで電話をかけてくるひともいて困ったものだった(片付いていない部屋で、だらしのない格好でいることもあるのだからああいうのは本当にやめてほしい。みんながみんな見せられる生活をしているわけではないのだ)。
 都合のいい時間はいつかと聞かれて、さあどうしたものか、そのあとなんて言ったのかは忘れたけど、とにかくやんわりやんわりと(はっきり言えないので)話を終わらせる方向に持っていこうとしたと思う。しかし、向こうがなにかと話し続けるのでなかなか出口が見えない。
 さすがにぼくも少し語調を強めて、あまり興味がないということを伝えると、
「いえ、興味があるとかないとかではなくてですね、これは非常にお役に立つので云々」
 と言われてしまった。
 興味があるとかないとかではない。
 そんなことを言われてはこちらはなにも言えない。ものすごい言葉だ。興味がないということが辞退する理由にならないとは。
 そんな売り込み方が通用するのならぼくだって道行く人々に絵を売りつけ、全く縁のない出版社に「興味があるとかないとかではないのです」と言って頼まれてもいないイラストを押し付けて原稿料をもらっているところである。
 もうこの電話をどうやって切ればいいのかわからなくなってしまい泣きたくなった。ぼくはすぐ泣きたくなる。
 そもそもどうしてこういう電話がかかってきてしまうのだろう。
 一体この番号をどこで知ったんですか?
 と聞いてみると、
「あっ、うちはですね、お客様のお電話番号を、しっかりした業者さんから買い取ってご連絡しております。今、個人情報とかうるさいじゃないですか?なので、うちはちゃんとしたところからリストを買っております。このお話は超一流ビジネスマンの方にしかご案内していないんですが、お客様は超一流ビジネスマンのリストに入っているのです」
 なんてこった。
 言いたいことが山ほど思いつくが、少なくとも「今個人情報とかうるさいじゃないですか?」みたいなことを言う人は個人情報を扱うべきではないと思う。
 そして一流ビジネスマン。
 自分の電話番号が売り物にされていることなど吹っ飛んでしまうすごい言葉だ。
 なんであれ仕事をしているのであればビジネスマンと言えなくはないが、そうか、一流どころか超一流のビジネスマンのリストに入っているのかぼくは。なんということだ。
 ちなみに今はビジネスパーソンと言うのだよ。
 もう限界だ。頭がくらくらする。
 もうこれ、終わらせたいんですが。
 と、はっきり(でもないが)伝えると、ようやく相手も引き始めた。
 どうせ泣きそうな声だったのだろう。
 実際泣きそうだった。ぼくはすぐ泣きたくなる。
 相手はまだなにか続けていたが最後まで聞かずに電話を切る。
 本当に切りたいときは、興味がないではなく、切りたいと言えばよかったのか。
 こんなに電話で話せないやつが超一流ビジネスマンなわけあるか。