2018/09/22

映画『バーバラと心の巨人』イラスト寄稿



 10月12日より公開される映画『バーバラと心の巨人』に応援イラストを寄稿しました。公式サイトでご覧になれます。


 豪華な顔ぶれです。死後くん氏の絵が最高ですね。KILLしちゃやばいって。本作は日系アーティストのJ.M.ケン・ニイムラが作画したグラフィック・ノベル「I KILL GIANTS」の映画化作品。ウサ耳に眼鏡、身体と不釣り合いな大きなハンマー状武器という主人公バーバラのヴィジュアルは、日本特有の戦闘少女像を思わせます。最近だと「悪魔バスター★スター・バタフライ」といったアニメもあるし、こういうモチーフもローカライズされているなあ。日本で作るとこれでもかというくらいキラキラした感じになって、もちろんそれが好きでそれに救われてる(?)ひともいるんだけど、そこにカートゥーン的な雰囲気が混ざると途端にパンチが効いてきて、女の子もどこか泥臭さみたいなものを持ち始めるからかっこいい。

才能は必要ないと言うひとには才能がある

 たとえば「絵を描くのに才能は必要ありません!」みたいなこと言うひとがいるけど、大抵の場合そのひとには才能があって、そのことにあまり自覚がないんじゃないかと思う。誰だって自分が当たり前にできることを特殊な能力だとは思わない。手塚治虫の名言(もしくは暴言)に「僕にもできるからあなたにもできます!」みたいのがあったと思うけど、あれなんかはいい例だと思う。天才というのはなかなか冷酷だ。恐らくそういう発言に傷つけられたひとは少なくないだろう。そりゃ、ただ単に「絵を描く」というだけなら技術もセンスも必要ないかもしれないけど、それを続けたり、他人に見せたり(不特定多数に向けて発表したり)、ましてやそれで金銭を得ようというのは、どんな場合でもやはり一定の才能があるはずだと思う。そんなことを言うと、ぼくにも才能はあるぜと言ってるようなものだが、別に否定はしない。才能というとなんだか掴みどころのない、いわゆるギフト的なものや霊的な壮大なものを連想しがちなので、ここはスキルとかやる気くらいの言葉に言い換えてもいいと思う。それともあれかね、ぼくは自分にそういうのがあると思っているからこそ、必要ないと言ってのけてしまうひとに反感があるのかな。そうではないと思いたいが。「必要ないって言えるのはあんたにそれがすでに備わっているからだよ……」と言いたくなるのは、やはりぼく自身の劣等感の裏返しなのか。あるいは、「いやいや、あんたには才能あるよ!」と敬意を込めて言いたいのかもしれない。それだけのものを描いてきて、才能が無いとは言わせないよ。

 いや待てよ。そもそも「絵を描くのに才能は必要ありません」は、別にそのひとが自分に当てはめて言ってることではないんだよな。この言葉の直前には恐らく「あなたが」というのがきっと入る。「あなたが絵を描くのに才能は必要ありません」つまり「オレみたいに長く仕事で続けるわけじゃないなら才能なくてもできるよ」ということか。なんだか腹が立ってきた。そう考えると「僕にもできるからあなたにもできます」というのとはまた意味が違ってくる。「僕にもできるから」というのはまさに自分の力を自覚していないが、「あなたがやる分には」は自分の能力を自覚している。やっぱり手塚治虫が一番怖い。

ラフォーレ原宿FRAPBOIS


 「ゲスの極み乙女。」結成6周年記念のFRAPBOISコラボにてメインイラストを描いています。24日月曜までラフォーレ原宿1.5階(階段)にFRAPBOISのポップアップショップが出ており、そこに大きく絵が貼り出されています。ラフォーレ原宿にこんなに大きく貼り出されることはそうそうなかろうと思い記念に撮ってきました。連休中よかったら観に行ってみてください。
 イラストが使われているグッズはTシャツとスマホリングとなります。
 Tシャツはオンラインでも購入できるようです。



2018/09/17

「TRANSIT」第41号




 トラベル・カルチャー誌「TRANSIT」第41号(euphoria factory)のニューヨーク特集にて、「リーマンショック以降のビジネスと社会」というページにカットを4点描いています。リーマンショックからの10年の間に、価値観やビジネスの形がどのように変わっていったのか、また今後どこへ行こうとしているのか、が4項目で解説されていて、それに対する挿絵。
 直前のページは長谷川町蔵先生によるコラム「HIP HOPは何を歌ったか」です。

 2008年の9月頃と言ったらぼくはまだ16歳の高校2年生。夏休みに観て例に漏れず衝撃を受けた映画『ダークナイト』の余韻冷めやらず、延々とジョーカーやトゥーフェイスをはじめバットマンの悪役たちのことを考えてばかりだったなあ。今もそのへんはあんまり変わらないか。
 
 ニューヨークの街の方の絵もそのうち描きたいな。行ったことないのに描いちゃいけないということはないし。

「CINEMORE」連載第9回


 映画サイト「CINEMORE」での連載シリーズ、
 「川原瑞丸のCINEMONOLOGUE」の第9回が更新されています。

 ティム・バートンも60歳。というわけで今回はバートンと彼の三人のヒーローたちについて。憧れの怪奇映画スターたちを自分の映画に起用して親交を深めるその姿は、まさに『エド・ウッド』でのエド・ウッドとベラ・ルゴシの関係と重なる。憧れを自分の世界に取り込んでいけるのも才能。

https://cinemore.jp/jp/news-feature/412/article_p1.html

瑞丸、レゴランドに行く


 夏らしいことなどひとつもせずに終わったが、唯一それらしかったのは7月下旬にレゴランドに行ったくらい。名古屋に仕事で用事があったので、いい機会だと思ってちょっと空いた時間に立ち寄った。2、3時間寄っただけだけど、とんでもない暑さだったのでそれくらいでちょうどよかったかも。広さやボリューム的にも、2時間だと物足りないけど5時間いたら手持ち無沙汰になりそうな感じだったので、ちょうどよかった。

 夏休み初日かその翌日くらいのタイミング、家族連れか外国からの観光客ばかりだったので、独りでまわる男はどうしても浮いていたと思う。だんだん流行ってきているらしい独りディズニーランドをやりたくてしょうがなかったけど、それより先に独りレゴランドデビューとなった。いろいろな楽しみ方が確立されている大御所のテーマパークと違って、まだまだ普通に複数人で行くところのようだ。日によっては独りでまわっているレゴ好きのひともいそうな気がするけれど。
 

 アトラクションはちょっとしか乗ってなくて、どちらかというとこのジオラマをメインで見てしまった。日本各地がブロックで再現されている。名所がぎゅっと凝縮されているんだけど、全部細かく見ていくとだいぶ時間がかかる。レゴランドといえばこのジオラマパーク、というイメージが子どもの頃からあったけど、実際に見てみるとだいぶ日に焼けて変色しているところも多い。そりゃそうだ。特にこの日はすごく日差しが強くて、見ている間にも色褪せていきそうだった。雨が降ったら濡れるだろうし。メンテナンスが大変そうだ。
 

 早朝の新幹線に乗ってやっと名古屋に着いたのにまた東京の景色を見るというのは微妙な気分だったけれど、よく出来ていますね。




 お台場のガンダムを独自デザインのロボットで再現。確かそばにあったボタンを押したら動いたような。道路の車は結構このボタンとかハンドルで動かすことができて、街の雑踏やお祭りの音などが出る。


 新幹線はくるくるずっと外周を回っていた。日本的な特徴がデフォルメされて一緒くたになっている景色は、『犬ヶ島』や『ベイマックス』の世界だね。


 東京エリアもそうだったけど、実際にある広告やその位置関係の再現度が高い。提携している企業はそのまま作り、そうじゃないところは少し名前をアレンジしたり(渋谷のTSUTAYAはTSUBASAに)それっぽいものにしている。それっぽいものでリアルな景色を作るというのは、イラストを描いている人間としても結構参考になる。むしろ実際の看板をそのまま描くより芸があるかもしれない。


 グリコの看板もミニフィグの絵にしたのだからこういうのもミニフィグにすればいいのに、と思う。細かいとは思うけどレゴの世界観ぽくない。「BISHIE」というのは「BISHONEN(美少年)」を指す英語ネットスラングだそうだ。右のピンクのところにある字はよくわからない。「GUCAR」と読めると思うんだけど調べてもヒットしない「SUGAR」の間違いかな。BISHONENがBISHIEなら、美少女はどうなるんだろう。 BISHOまで同じだが。


 こういうのもなんだかな。作れるんだろうし作りたくなる気持ちもわかるけど。いやでも、このエリアはレゴの製品世界というよりは、レゴでなんでも作れるんだよ、というのを表現しているところなので、なんでもありでいいか。これもまた日本の風景ということで。


 路線バスは別として、車はだいたい特定の車種を意識してなかった気がしたけど、土地柄かこのトヨタ車はよく登場した。どれか一台は前述のようにボタンを押すと動いた。



 富士山を中心にありがたい建物が大集合してかなりありがたい景色に。富士山はブロックではない。



 こういうのはさすがにちょっと。これくらいはレゴらしいキャラクターでよかったんじゃないかなあ。愛知出身の友人によると、こういうところが名古屋っぽい、らしい。ただ、版権キャラの処理の仕方は勉強になった。配色で連想させる一方で、明確にそれを作ってはいない、という微妙なライン。ニセモノというのは奥が深い。



 ジオラマをじっくり見ているだけでだいぶ時間が過ぎて、強い日差しと容赦ない暑さの中で細かいものをじっと見ていたせいか、途中何度か意識が遠くなり、ぼくはこの大量のブロックに囲まれて死ぬのか、と思った。


 レゴの定番、海賊船。森見登美彦氏の「太陽と乙女」カバーにも描きましたね。ディズニーシーの帆船と同じく中に乗れる。あそこまで広くはない。

 アトラクションはドラゴンのコースターと、サブマリンに乗った。ドラゴンは小さめのコースターなんだけど、これが結構怖い。王国シリーズ(騎士シリーズとも)でお馴染みの緑色のドラゴンの形をしたカートのおもちゃ感が頼りない感じなのだろうか、余計に怖く感じた。ぼくの体が大きいせいもあると思う。先日の台風直撃でこのドラゴンは一部壊れてしまったらしい。前述のジオラマもいくつかやられたとか。レゴは永久にその形をとどめてはおけないのか。
 サブマリンの方は、やはりレゴではお馴染みの黄色い潜水艇で海底を探検するという体で、ディズニーシーの「海底2万マイル」に近いんだけど、こちらは船窓の外を本物の魚が泳いでいて驚いた。水族館と提携しているので、潜水艇で大きな水槽の中をゆっくり進んで行くというような形になっているのだ。魚の種類も豊富で、普通に水槽越しに見るよりも距離が近いように感じておもしろかった。一緒に水中にいるような目線。これは絶対乗ってほしい。


 日曜の夜によくやっていた、はごろもフーズの缶詰コーンのCMを思い出す。ずっと見てると気が遠くなる。

 自分で部品を組み合わせてミニフィグを作り、それを買えるコーナーがあちこちにあった。部品はだいたい同じような感じだったけど、結構おもしろいものも多かった。子どもに混じってやっていると、欲しい部品を見つけた途端に横の子にかき混ぜられるよ。


 これもまた気が遠くなるが、レゴはこれくらいめちゃくちゃなごちゃまぜになっている方がそれらしい。かき混ぜているうちに元々探していた部品がどんなだったかわからなくなり、がしゃがしゃ言う音に酔ってきて一種のトランス状態に陥る。それがレゴ・ブロック。全てはサイコー。

2018/09/01

営業報告

■ ケトル VOL.44(太田出版)


 ゼロ年代音楽を振り返る「ケトル VOL.44」(太田出版)、「ゼロ年代の日本の音楽業界を振り返る10のキーワード」というページにて多数カットを担当しました。音楽には疎いぼくですが、ゼロ年代はぼくのティーンエイジと重なるので、なんとなく懐かしいものも多いです。


 子どものときはiPodなんてとても手の出ない夢のガジェットだった。最初はホイールのところにこんなにボタンがあったのか。


 高校にあがると背伸びして「ローリングストーン」誌など読むようになり、フェスに持っていくアイテム特集などよく見た。行かないのに。今でもフェス特集によく登場する、そこまで本格的でないちょっとオママゴト感のあるキャンプ用品とか見るのは好き。いや、本格的なものもあるだろうけど。なんか、ブーニーハットかぶってるひとばっかりになっちゃった。


 着うたの項目にこういったカットを描くにあたり、折りたたみ式携帯電話を調べていたら、なんかやっぱり「来ることのなかった未来」(未来は未だ来ずと書くのでなんだか意味が重複してる気もするが)感が溢れてたなあと思う。発光する小さな画面の中にぎゅうぎゅうに詰まったツール、デジタル表示、都会の早朝、宇多田ヒカル、そういうイメージ。
 シンプルな板状で全体が画面になっているだけの今の端末よりも、いろいろな形状があるのも楽しい。触れる立体感というか、モノとしての存在感がある。ボタンが触れるのも安心する。メディアスキンにちょっと憧れてたな。


 ボーカロイドなんて描くのは非常に久しぶりで、しかも仕事で描くことになるとは。自分の雰囲気でかわいく描けたと思う。初音ミクの発売は確か2007年頃だったから、もう感覚的には半分10年代に入ってる。


■ SPUR(集英社)



 「SPUR 10月号」ではシャーリーズ・セロン主演『タリーと私の秘密の時間』を紹介しました。赤ちゃんが身近にいるせいか、赤ちゃんの絵が少し上手に描けた。三人の子を産んだあとのお母さんを演じるためすごい増量をしたセロンの姿は話題でしたが、お話もなかなかすごいです。


■「婦人公論」(中央公論社)



 ジェーン・スーさんの連載、今回はフランスのお話。日仏の違い、そしてどこの国も変わらないこと。ということで、この並び。
 最初は雷門じゃなくて鳥居にしようとしていたが、凱旋門が特定の場所にある「凱旋門」であるのに対し、鳥居は特にどこの、というイメージがない上、なんだかずっしりした凱旋門に対して線が細すぎやしないかと思って悩んだ結果、雷門を思いつく。大きさは違うだろうけど、結構同じくらいの存在感あるんじゃないかな。
 いまどきパリジェンヌの格好がベレー帽にボーダーなのはご愛嬌。そもそも個人的にはブロンドより黒髪のイメージがあるが、絵的には、ね。少し「イッツ・ア・スモールワールド」的な感じも出てよかった。ステレオタイプ的表現には多少気を配りたいけど、こういういろいろな国のひと、みたいな絵をもっと描きたいな。


■ 通訳翻訳ジャーナル(イカロス出版)



 前にもカバーイラストを描いた「通訳翻訳ジャーナル」。脱サラして翻訳者になるには、という特集のカット。「会社を辞めて翻訳者になろう!」の見出しがちょっといいですね。