2016年3月6日

都会生活4年目を迎えて

 東京で暮らして丸4年が経った。実家を出てからは6年となる。
 同調圧力によって押し潰されそうになる閉塞的な田舎から飛び出して、魅力的な都会で暮らすことを望んでいた地方ティーンエイジャーは、実際に上京してみてあることに気づいた。確かに都会は魅力的な人間と物に溢れ、はちきれんばかりの情報量で異様な輝きを放っているが、それはただ単に人数と物量が膨大だというだけの話で、そこには良識あるひととずいぶん心ないひとと、少し変なひとがごった返していて、物にしたって安物から高級品、まったく無駄なものから有意義なものまで掃いて捨てるほど溢れ、日々代謝を繰り返している。だから都会にはおもしろいひとやおもしろい物がたくさんあるのは確かだろうけれど、同時に不快なものも同じくらい、もしかしたらそれ以上溢れていると思う。
 結局のところ膨大な物量を除けば田舎とそんなに変わらない。都会とはデカい田舎のことだ。前述した同調圧力とか、閉塞感みたいなものは地方特有のものではなく、都会の根底にもあって、むしろ地方のそれよりもずっと強いと思う。ただ、ひとが多いので、いろいろなひとがいろいろなスタイルを選択できる余地があるというわけ。はっきり言って、ここは変なひとが多すぎる。どんなひとが変かというのはあえて書かないけれど、まあなんとなくわかってもらえるんじゃないかな。魅力的なひとがたくさん集まってくるということは、わけのわからないひともたくさん集まってくるというわけさ。都会の特徴とはひとの多さに尽きる。
 別に東京がどうのこうの言っているわけではない。我々地方出身者はしばしば忘れがちになってしまうけれど、当然ながら東京が故郷であるひともいるのだ。だから別にひとの生まれ育った街についてどうのこうのケチをつけるつもりは全然ない。よく安直な田舎者が「東京は冷たい」などと言うのも一体なにを期待しているんだかと思う。この街で自分は部外者なのだ、余所者なのだということをちゃんと自覚できておらず、訪ねれば無条件で歓迎されるとでも思っているのかもしれない。少なくとも他人さまの住んでいる領域に自分の意思で外からやってきたのだということを自覚していれば、自分がうまくやれないのを東京のせいにはできないと思う。まあ、そうしたくなる気持ちは確かにあるけれどね。でもそれをやっちゃうともう負けを認めることになっちゃうというか(なにと闘ってるんだかわからないが)、「ぼくさきに帰るね」という宣言になっちゃうので、気をつけないといけない。なんにせよぼくはここで暮らしたいと思った。
 ぼくは外からやってきた身で良かったなとも思う。両親はふたりとも東京出身だが、子どもの頃からしきりに「なんでこのひとたちはぼくをわざわざこんな田舎で産んだのだろう、都会にいてくれればきっともっと楽しいのにな」と思っていた。けれど、実際に上京したら、両親の選択に感謝しなければならなくなった。ぼくはこうして部外者の目で都会を観ることができたし、その魅力や特徴をじっくり観察することができた。さらにそれと自分の生まれ育った土地を比較してとらえなおすこともできた。両親があんな山と海と畑しかない土地を選んだ理由は今になればわかるような気がする。ましてや80年代の終わり、奇妙な90年代を迎えようしていたあの時期の都会には、今とはまた別の不穏な空気がたちこめていたはずだ。
 都会には、地方からやってきた部外者によって輝きを増すという側面もある。むしろ都会を魅力的に描くのが田舎者の使命のようなものだ。そして、それには都会で育ったひとの案内が必要となる。ぼくにはその条件が揃っている。
 まだまだぼくの都会生活は続くだろう。大勢の人間が同じ方向に早足で歩いている中に、奇妙な気持ちで加わったり、素面でありながら大声で熱唱しながら歩いているひとを見かけて笑いそうになったり(実際笑う。ぼくはちょっと変だと思うとすぐ笑う)、心ないことを言うひとを見て「こんなひともいるのか」と思ったり、それでもそんなことどうでもよくなるくらい、ぼくは楽しい日々をおくっている。