2018/04/24

漫画「SWeet Dream」








 リトル・ニモ × スター・ウォーズ的な感じ。
 ベッドやお風呂に入ったまま移動できたらとよく思う。
 もっともこの少年はもしかしたらベッドから出たくても出られない身の上かもしれないが。
 非常に悩んだ末にユーリズミックス(風)のふたりを脱出させたものの、よく見たらダフトパンク(風)のふたりを脱出させるのを忘れていた。全く他意はない。見た目優先。

2018/04/23

映画サイト「CINEMORE」での新連載のお知らせ

 

ウェブでの新連載のお知らせです。映画サイト「CINEMORE」にて、連載「川原瑞丸のCINEMONOLOGUE」が始まりました。

 「CINEMORE」はうんちくという切り口で映画を掘り下げていくサイトです。新連載ではイラストを交えて独白のようにお気に入りの映画について語っていこうということで、「CINEMONOLOGUE」というタイトルにしました。

 第1回はアカデミー監督賞受賞も記憶に新しいギレルモ・デル・トロ監督と、『ハリー・ポッター』シリーズとの意外な関係についてです。
 https://cinemore.jp/jp/news-feature/254/article_p1.html

 近年の作品に限らず、往年の作品など、いろいろ語っていきたいと思います。「SPUR」の連載や、このブログでの映画記事と合わせてお読みいただければと思います。

営業報告




 「飛ぶ教室」2018年春号(光村図書)では、
 ひこ・田中さんの短編への挿絵を描かせていただきました。
 教室の絵は大変ということがわかりました。

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 これはまだ少し先ですが、6月に立東舎より刊行される「村上春樹の100曲」の装画を描かせていただきました。
 小説に登場する音楽について読み解く解説書です。
 お楽しみに!

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 犬向けノミ・マダニ駆除薬「クレデリオ錠」(Elanco)の広告イラストを描かせていただきました。
 ペット関連の仕事ができるのはうれしいです。
 モンスター風のダニが怖すぎる気もしますが、犬の耳の内側にびっしりダニが食らいついた写真を見たときの恐ろしさと不快感を考えると、これでも足りないくらいでしょう……。

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 「SPUR」2018年6月号(集英社)「銀幕リポート」第27回では、ルカ・グァダニーノ監督、ティモシー・シャラメ&アーミー・ハマー主演作『君の名前で僕を呼んで』を紹介しています。

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 「婦人公論」2018/5/8号(中央公論社)のジェーン・スーさん連載「スーダラ外伝」第26回挿絵を描かせていただいております。

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 「小説NON」2018年5月号(祥伝社)では、原宏一さんの連作への挿絵を描かせていただいております。


2018/04/16

『スリー・ビルボード』(2017)


 どこか行き詰まってしまったような田舎町、それでも生きるしかないのだということを見せつけてくる登場人物たちは、みんな熱い。主役の三人は言うまでもないけど、脇をかためるピーター・ディンクレイジやルーカス・ヘッジズ、窓から落とされてとんでもない目にあってしまうケイレブ・ランドリー・ジョーンズまでもがどこか清々しい感じがする。

 ルーカス・ヘッジズの役どころに既視感があるのはもちろん『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。難儀な長男役のイメージがついてきたけど、メジャー・デビュー作は『ムーンライズ・キングダム』で、バイクにまたがって主人公を執拗に追い回していたあの意地悪な少年である。サムとスージーのロマンチックな逃避行を邪魔するもスージーのハサミで傷つけられ、後半は松葉杖ついてまで憎まれ役を続けるあいつだ。
 『マンチェスター〜』ではそのスージー役だったカーラ・ヘイワードがルーカスの彼女役なのだからおもしろい。そして、『ムーンライズ〜』でそのスージーの母親役だったのが、本作『スリー・ビルボード』の主役フランシス・マクドーマンドなのである。『ムーンライズ〜』で刺され、『マンチェスター〜』では刺された女の子と恋仲に、本作で今度はその子の母親と親子になっているというわけ。難儀である。

 それにしても小さい町というのは本当に誰も彼も知り合いで、噂などが広まっていくのが本当に早いなあ。警察署長が癌である、という全く公言されていないことでもみんな知っているくらいだから、大きな看板3枚に貼り出された言葉はさぞ強烈だろう。そこに書かれている内容以上に、その情報の強さもまた住人たちにショックを与えたんじゃないかな。不満や批判を具体的な言葉で目に見えるところに貼り出す、というのは、目に見えない形で情報が行き交い、周知の事実を口には出すことが憚られている小さな町では、かなりの暴挙なのかもしれない。

 ショックと言えば、歯医者のシーンが地味に怖い。このあいだから歯医者に通っているので、どうしてもあのシーンを思い出してしまう。まあ、被害を受けるのは歯医者の方なのだが。

2018/04/06

4月になってひとやすみ

 ようやく4月である。怒涛の3月だった。とにかくすごかった。平日がほとんど全部締め切りのような感じだった。
 忙しいと、余計なことを考えずに済むし(とは言えなにかしら思い悩んだりはするのだが)、好きなことやりたいことも、限られた時間の中でかえって集中して取り組めたりするので、いい。ただ、もう少しやり方を変えたほうがいいかもしれない、と思ったところがいくつか出てきた。仕事の進め方というのは人それぞれ、必要に迫られて出来上がっていくものだなあ。

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 春に向けて買ったもの。マリメッコのショルダーバッグ、ベルトが磁石でくっつく「2015年」みたいなナイキ。ここ何年かはスニーカーはナイキかヴァンズである。久しぶりにコンバースも履きたいが、犬の散歩が習慣になったため脱ぎ履きが楽な靴を選ぶようになってしまった。


 留め金のマグネットがかちゃりとくっつく音もいいし、黄色いところも最高だ。ただ、生地が薄めなのですれて破れてしまわないかが心配。犬の散歩には使わないな。
 バッグの方は、これくらいの大きさのものが無かったから助かる。これまで仕事向けの鞄が数種あるだけで、遊び用のものがなかった。ぼくは財布が大きめだし、出かけるときはなにかしら本や筆記具が欲しいので、手ぶらで遊びに行くということができない。仕事の荷物以下、手ぶら以上の鞄が欲しかったのだ。たとえば、ディズニーランドに行くときにこういうのが必要になる。アトラクションに乗るとき、いちいちバックパックを下ろして前に抱えて乗るのは非常に億劫だ。ましてやポップコーンの容れ物とかも持っているのだから、鞄は小さい方がいい。以前、リュックを背負った上にポップコーンバケツも下げてタワー・オブ・テラーに乗ったときはとても邪魔くさかった。邪魔っけすぎてうまく手すりをつかめないほどで、あのアトラクションはなんと身体が座席に固定されたりしないので(!)手すりにつかまっていないともう魂がタワーの上の方に取り残されてしまいそうになる。だから小さめのバッグが必要。

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 恥をしのんで言うけど、ぼくは今まで『スター・ウォーズ』のソフトを全作揃えたことがなかった。子供の頃、シリーズにはまり出したときはテレビ放映の録画VHSを観ていて、『クローンの攻撃』や『シスの復讐』などリアルタイムで公開された作品だけDVDを買っていた。残りの4作は全て放映版の録画を観ていたというのも、今思えばすごい。

 このたび6部作ブルーレイボックスを買って、とりあえず全作流してみて思ったのは、やはり全部手元にあるといいな、ということと、6作で完結しているのもちょうどよかったなというところ。綺麗に環が出来ている。もちろん新シリーズも好きだけど。

 それにしてもジャケットの絵がいまひとつ。ディスクにもキャラの顔が刷ってあるんだけど、それもなんだか変な組み合わせで、アートそのものもあまりよくない。思えばDVDのジャケットもなんか変だったよね。公式なのに何故かコラ画像みたいな。劇場用ポスターとも違う微妙なグラフィックだった。

 普通の映画みたいに、劇場用ポスターで通せばいいんじゃないかとも思うけど、このポスターというのも実はあんまり統一感がない。プリクエル3部作と旧3部作特別篇は同じひとが同じように描いているのでまだ一貫性があるけど、旧3部作を劇場用ポスターで合わせると結構バラバラな印象。旧3部作はそれぞれタイトルのロゴも結構違うのも気になる(昔は1本ずつの映画として確立されている感じだったのだろうし、ロゴ自体はかっこいいんだけど)。いや、そんなこと言うと今やってるシリーズも含め全シリーズでロゴはバラバラなんだけど。エピソード9が公開されたら、また9部作ボックスが出るだろうから、そのときはジャケットやロゴのデザインを綺麗に統一してほしいなあ。もっと言うとエピソードの番号もつけるのかつけないのかはっきりさせたい。まあ、バラバラでゴチャゴチャなところもSWらしいと言えばらしいのだが。あまりなんでも統一感、一貫性を持たせても、かえってつまらなくなるかもしれないし。
 
 春からは、もう少し真面目にSWのことを考えていきたい。今まで不真面目だったのかというとそういうわけでもないのだが。というか真面目も不真面目もないんだけど。とりあえず邪念を捨てて、初心に帰ってもっとフラットに、ピュアにSWを楽しみたいと思った。
 たとえば知識のリセット。って、一度知ってしまっている以上難しいけれど、知識を重視しないことで、自分は別にそこまで知らない、という気分にはなれる。自分には結構知識がある、そう思うだけでいろいろな不満が出てきてしまう。知識をそこまで重視しない。そもそもそれが知識なのかどうかも怪しい。そういうふうに切り替えた途端に視界がひらけたような気がしたのだった。
 とりあえず、映画を観て、絵を描いて、おもちゃで遊びたい。

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 半蔵門で試写があったあと、なんとなくそのまま神保町に行ってみた。しばらく行ってなかったけど、別に大して変わりはなかった。ただ、たぶんここは本屋だったよなという場所が飲食店に変わってた。うちの近所でも古本屋が潰れて、跡地に店員の野太い大声が飛び交う感じの居酒屋が出来たときも、結構ショックだったけど、神保町でさえも同じようなことが起こるとは。
 それにしてもあの手の居酒屋というのは全部同じに見えておもしろくない。もうちょっと違いがあればいいんだけど。あと、あまりにも飲食店だらけだと歩いているだけで胸がいっぱいになったりする。
 初めて訪れた商店街などで、ここにはなんでもあるな、と思っても、よく見たら書店が一軒もない、なんてことも結構ある。本屋が減っている、ひとが本を読まない、などとイメージだけでやたらと悲観的になるのも嫌だけどね。今度住むところにはちゃんと書店があるといいな。

2018/04/05

Pen+『みんなのスヌーピー』


 2016年のスヌーピー特集号が増補決定版として登場。
 当時描いたイラスト記事も再掲載されています。
 この機会に改めてご覧いただければ。




 それまでキャラクターの名前とアニメで観たストーリーくらいしか知らなかった「ピーナッツ」に興味を持つきっかけとなった仕事でもありました。
 また自分でなにか描いてみようかな。
 増補版なので、新しい記事も満載で非常に読み応えがあります。
 手元に置きたい一冊です。

営業報告




 アエラムック「HAKUTO」(朝日新聞出版・非売品)にイラストカット描かせていただいております。月面探査レース「Google Lunar XPRIZE」に参加予定だった日本代表HAKUTOのミッション内容がイラストで解説されています。珍しくリアル宇宙の仕事でした。
 『スター・ウォーズ』の劇場パンフレットのような雰囲気でかっこいい本です。

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 「映画ナタリー」3周年記念ページのヘッダー・イラストを描かせていただきました。この3年間で印象的な映画のイメージを詰め込みました。あなたの印象的な作品はなんでしょう。

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 「SPUR」(集英社)2018年5月号の「銀幕リポート」第26回ではトッド・ヘインズ監督最新作『ワンダーストラック』を紹介させていただきました。前号の『シェイプ・オブ・ウォーター』に続き手話への興味がわく作品。声高な世の中、物言わぬヒロインの魅力が際立つのかもしれない。

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 「婦人公論」(中央公論社)2018/4/10号ではジェーン・スーさん連載「スーダラ外伝」第25回の挿絵。3コマ風。

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 「小説NON」(祥伝社)2018年4月号では先月に引き続き原宏一さんの連作に挿絵を描いています。

2018/03/18

大人になる前の最後の抵抗

 どうやらぼくは父親になるらしい。生まれるまで書かなくてもいいかなとも思っていたんだけど、さすがにそろそろ日常について記す上で触れないではいられなくなってきた。もはや妻の体調や膨らんだお腹が生活の中心となっているので、それに触れないということはブログに書くことがいよいよなくなる。それに、せっかくなら今くらいの時期のことを書き記しておくのも悪くないだろうというわけ。

 と言っても、子供が生まれる、というそれ以上はあまり書くことがないんだけどね。そもそも初期の頃から妻の体調がよくなく、つわりがひどすぎて入院までしたほどだったので、そういった慌ただしさもあってなかなか能天気な調子になれなかった。この先どうなるかというのもわからないから、おおっぴらにする気にもならなかったというわけだ。なんと言ってもひとの身体のことだから、事細かにそのプロセスを誰でも読めるところに書くのも憚られた。

 しかし、そろそろ秒読み段階に入るので、気をつけながらなら多少のことは書いてもいいだろうという許可を、自分に下したというところである。というか、妻のことはともかく、ぼく自身にある変化(退化と言えなくもないが……)が見られたので、そのことを話しておきたい。

 ぼくが小学生時代以来久しぶりにポケモンのゲームで遊び始めたことは、このブログやツイッターを読んでいるひとなら知っているだろうけど、問題はそこだ。なんで急に小学校の頃遊んでいたものに手を出したのか。『スター・ウォーズ』のように慢性的(?)に夢中なものは別として、子供の頃遊んだもの、好きだったものに妙に惹かれるようになってしまったのはどうしてだろう。しかも、なにを思ったのか『ハリー・ポッター』の古いハードカバーを引っ張り出してきて読み返し始めた。挙句の果てにはアヴリル・ラヴィーンやパラモアの初期の曲など聴いている……。

 平成最後の年に、親になるのを目前にして急にティーンに戻ろうとでも言うのだろうか。みっともないことこの上ないが、一種の防衛本能のようなものだろうか。いよいよ本格的に大人になってしまう前の、最後の抵抗とでも言うような……。

 元号が変わるタイミングというのもなにか巡り合わせを感じずにはいられない。自分が生まれ育った元号が終わるということは、子供時代といよいよお別れするということではないか。今までは子供の頃と地続きの感覚でいたけれど、一つ前の元号の(しかも一桁)生まれとなればそうはいかない。そんなタイミングで親になるというのは、これはもういい加減に大人にならなければならないという通告のような気がする。

 まあ、そこまで恐ろしいわけではないけどね。ぼくはたぶん子供ができようがその子が成人しようが、いつまで経っても人形遊びが好きな、うんこ漢字ドリルで大笑いする人間のままだろうと思う。それはそれで恐ろしいのだが。
 
 子供時代のコンテンツを改めて楽しんでいるのも、懐古に走っていると言われればそれまでだが、なにかこう、初心を思い出すというか、知識が増えるとともに薄らいでしまった、もともと自分はどういったものが好きだったかという感覚を思い出すようで、それはそれで時に必要なことだろうと思う。特にぼくのようなタイプはそういう充電が頻繁に必要なのかもしれない。


 こんなかわいい柄の服があったりする。ぼくが着たいくらいだ。犬の表情が恨めしげ。犬の嫉妬心をどうフォローすればいいかというのがいちばん悩ましいかもしれない。
 ちなみにこの数ヶ月の間、初めて会ったひとから「お子さんは?」と聞かれた際にまだ生まれてはいないので「まだです」と答えていたんだけど、妻が言うにはそれは軽く嘘をついていることになるらしい。嘘ついてすみませんでした。聞かれたことを聞かれた形でしか答えられないのです(「ご予定は?」とか聞かれていれば答えようがあったのだろうなあ)。

2018/03/16

山田詠美さんの新刊エッセイ集「吉祥寺デイズ: うまうま食べもの・うしうしゴシップ」装画を描きました



 「女性セブン」誌上で山田詠美さんが連載中の「日々甘露苦露」から95篇を収録したエッセイ集、「吉祥寺デイズ: うまうま食べもの・うしうしゴシップ」(小学館)の装画・挿絵を担当しています。
 全95篇というボリューム感が伝わるような、にぎやかな絵になっていればと思います。だんだん物がたくさん飛び出しているような構図が上達してきたような気がする。
 お出かけするお話も多いので、旅行用トランクから飛び出しているという絵なんですが、黄色いトランクはぼくの私物で、映画『ムーンライズ・キングダム』でもお馴染みのヴィンテージのアメリカン・ツーリスター。アメリカのお話やイメージもあちこちに散りばめられているので、ちょうどよかった。

2018/03/10

ハリー・ポッターのカバーを考える




 やはり最初の3巻がおもしろい。『ハリー・ポッター』との出会いは10歳の夏休み、父の知り合いのペンションかなにかを訪ねた際(泊まったわけではない)そこの暖炉の上かなにかに紺と赤と深緑の三冊が並んでいるのを見かけたのがはじまりである。8月の終わり頃で外は明るい曇り空だった。あの明るめの曇り空のイメージは今でもこの作品と結びついている。
 3巻までは比較的のんびりしているというか、魔法の世界観を紹介するための日常感が強い。もちろん1作ごとに冒険と対決があるんだけど、まだ宿敵との直接対決には至っていない。4巻でヴォルデモート卿が復活を果たし、それ以降学校での日常をのんびり描くような余裕はどんどん減っていくし、シリアスさの度合いも強くなっていく。最初の3巻は4巻以降の戦いへの序章と言ったところだ。
 ファンタジーとしてのかわいらしさに満ちているのも、最初の3巻まで。そのあとももちろん不思議な世界が描かれるが、つねに暗さや血生臭さはついてまわる。映画版のほうも同じで、3作目まではポップなファンタジーという雰囲気がある。最初の2作はクリス・コロンバスによる温かみのある世界観で、3作目はメキシコ人監督アルフォンソ・キュアロンがポップとダークを両立した色彩で描いて見せた(ちなみに同じくメキシコ人監督のギレルモ・デル・トロも3作目の監督候補だった)。キュアロンの作風は原作者にとってはいただけないものだったようだけれど、ファンからは前の2作よりも原作のイメージに近いとして受け入れられたとか。ぼくも3作目の雰囲気は好きだが、確かに少しクドい部分はあるかも。いずれにせよ、コロンバスによる2作の雰囲気は、まだまだ魔法の世界に不慣れでピュアな1年目と2年目にぴったりだし、キュアロンによるダークな3作目も、思春期を迎えて少し大人びて、両親の死の真相と対峙する3年目にぴったりだったと思う。ちなみにジョン・ウィリアムズが作曲を手がけたのも3作目まで。
 というわけで、原作も映画版も、3年目までとそれ以降とで物語を分けることができる。

2018/03/02

営業報告



 「SPUR」(集英社)2018年4月号の「銀幕リポート」第25回では、ギレルモ・デル・トロ監督作『シェイプ・オブ・ウォーター』を紹介しています。前号『パディントン2』にもサリー・ホーキンスは出演していましたね。今号のために描くのを我慢したからあのようにおじさんとクマだけの画になってしまったというところも……。なので今回は所狭しとサリー・ホーキンスを描いています。もちろん他のキャストもいい感じのひとばかりです。

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そして、「婦人公論」(中央公論社)2018/3/13号ではジェーン・スーさん連載「スーダラ外伝」第24回の挿絵。もう2年も描いていることに気づく。だんだんスーさんの絵が安定してきているような気がする。

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「小説NON」(祥伝社)2018年3月号では先月に引き続き原宏一さんの連作に挿絵を描いています。

2018/03/01

クレームブリュレだった


 近所に大きめのクレームブリュレを出すお店があって、表面をカンカン叩いているときに思いつく。思いついたものはなんであれ形にするとすっきりする。ジャン=ピエール・ジュネのあの映画はまだ観たことがなく、おそらく今後も観ることはない。

2018/02/15

コーギーのご先祖さま(諸説あり)


 諸説ある、って便利な言葉だな。いずれにせよウェールズ発祥の牧牛犬である。逆に言えばそれ以外のことは判明していないんだけど。
 体型も牧牛犬だからこそのもので、背が低いのは牛の足を噛んで誘導するため(かく言うぼくも散歩中にたまにくるぶしのあたりを甘噛みされるが、遺伝子レベルで刷り込まれている本能なのだ)、生後間も無くしっぽを切ってしまうのは踏んづけられてそのまま殺されたりしないため。ちなみにこの断尾、最近はかわいそうなので禁止になっているところも多いんだけど、元からしっぽが短いやつもいれば、しっぽ自体ないやつもいるらしい。なのでデフォルトで必ずしもしっぽがあるとは限らない。うちの子はどうなのかよくわからない。同じ犬舎の犬でもしっぽのあるやつはあるままなので、元から無いのではないかと思ってるんだけど、どうなんだろう。
 9世紀前後にはウェールズの記録に登場するんだけど、だいたいは大陸か前述のようにスカンジナビア側から持ち込まれたというところに落ち着いているらしく(ウェールズに元からいたとする説もあり、これが多分コーギー先祖説の根拠なのかな)、それらを折衷して、ヴァイキングやフランダースの織物屋(フラマン人)が連れてきた犬が先祖、みたいな紹介をされる。
 まあ、詳しいところはわからないままのほうがロマンを感じたりもする。発祥や先祖がはっきりしなくとも、コーギーは確かに今ここに存在するのだ。女王陛下万歳。