2015年3月15日

視界のミニチュア化

 子供の頃から不思議で不思議で仕方が無かった感覚の謎が解明された。いや、謎が解明されたというより、この感覚について文章による説明がなされていたこと、他にも同じ感覚に陥っていたことのある人が大勢いることを知って少しほっとしたのだ。
 なにかに集中しすぎたり疲れたりすると視界がミニチュアになることがある。いきなりこんなことを言ってはなんだそりゃと思われるかもしれない。もう少し詳しく説明すると、たとえば本をずっと読んでいたとき、だんだんと持っている本のページがずうっと遠くに行ってしまうような感覚に陥ることがある。ページが小さくなり、文字も小さくなっていく。けれど文字が読めなくなるわけではない。実際の距離は変わっていないのだから、いくらでも文章を読むことが出来る。けれどとにかく視界が遠く、小さく見えるのだ。というわけで、自分のいる部屋がミニチュアに見える。自分が小さくなった感覚は無いのだけれど。(図a参照)


 また、子供の頃から熱を出した最初の夜に必ずと言っていい頻度で見る夢がある。要するに悪夢なのだけれど、とてつもなく小さいものととてつもなく大きいものの対比、そのギャップにうなされる夢。具体的には蟻のように小さいぼくを、ヘヴィ・ダンプのような馬鹿デカいタイヤが押し潰すというもので、興味深いのはダンプを運転しているのもまたぼく自身だということ。そして、大きいものと小さいものの間にそのギャップから生まれるものなのか、果てしない後悔の念のようなものがやってくる。(図b参照)


 視界がミニチュアになるのと、発熱のときにタイヤに潰される夢を見るのは、「不思議の国のアリス症候群」という症状(?、これがまたよくわからない)で結びつけられるそうだ。ルイス・キャロルの児童文学作品において、「イート・ミー」だの「ドリンク・ミー」だののラベルのついた薬を飲んだアリスちゃんが、大きくなったり小さくなったりを繰り返すことから、50年代にジョン・トッド先生が名付けた症候群だそうである。これまた中ニ病的な、というか中ニの喜びそうなやつなのだが、恥ずかしい名前である。「アリス症候群」の主な症状(?)が、これまでぼくがずっと疑問に思っていた感覚を「そうそうそれそれ!」と言いたくなるくらい正確に文章で説明していることから、恐らくぼくはそうなのだろうと思うのだけれど、なんとも恥ずかしい名前の症候群である。仕方あるまい、トッド先生が名付けちゃったんだから・・・。

 視界のミニチュア化は、「遠近感が曖昧になる」ということで「アリス症候群」の主要なイメージの一つとして挙げられている。また、「針とタイヤ」というイメージもあるそうで、これはぼくの発熱時の悪夢と関係がありそう。というわけで長年疑問に思っていた不思議な感覚・イメージは大方この症候群のせいだろうということがわかった。誰に相談していいかもわからず、別にこの感覚に苦しんでいたわけではないので困ったりもしなかったのだが、とにかく気になっていたのでわかって良かった。とは言えこの症候群はまだまだ謎が多く、検査方法も無ければ診断は患者が訴えるしかない。ゴスロリのポエムみたいな名前だからちゃんと研究しようという人がいないのではないか?と思ったりもするのだが、実際どうなんでしょうか。

 インターネットを通して同じ感覚を抱いてきた人が大勢いることを知って安心したのだが、いろいろな人の書き込みを読んでいると、さらにぼくの長年の疑問と同じような記述があった。なんでも自分が三人称視点で見えるそうだ。この言い方に始めはピンとこなかったが、思えばぼくにはふとした瞬間に「あれ?ぼくってずっとぼくだったっけ。ぼくはこのままぼくをやっていくんだっけ」という感覚に陥ってしまうことがある(図c参照)。これが三人称と呼ぶかどうかは少し怪しいけれど(だいたい自分の姿を外から見てるわけじゃないし)、関係があるのだろうか。
 

 視界のミニチュア化、タイヤの悪夢、そして「ぼくってぼくだっけ」感覚は、今まで周囲の誰に聞いても共感を得られなかった。そもそもあまり人に話したことがなく、親にすらおっかなくて言えなくて、自分の中で「こういうものなんだろう」と無理くり納得してそっとしまっておいたんだけれど、この度大勢の人が同じことを感じていたのだということを知りほっとした次第である。わざわざこんなことを書いたのは、同じ感覚を知っている人がいないかなあと思ったからである。もしいたら、ぼくもそうだから安心してください。