2017年2月15日

日記:2017/02/01 - 07

2017/02/01 水

 前日の緊張がまだ続いているかのようで1日中落ち着かなかった。未だティム・バートン監督を目の前にしたという事実に実感がなく、短い時間だったがなにか失礼があったのではないかと急に思えてきて不安に襲われる。何度も何度も自分が質問をしたときのことを思い出して、自分がどんなふうにしゃべり、どんなふうにどぎまぎしたかを頭の中で再現して反芻しては、ああ、やっぱりよくなかったのではと、恥ずかしさとも情けなさともつかない、なんとも言えない気分になるのであった。
 それと、やはり会場で怒鳴り声を上げていたテレビ・マンがおっかなく、別にぼく自身はなにもされちゃいないのだが、なにかいけないものを見聞きしてしまった気がし、とにかく随分と自分が傷ついていたことがわかった。

2017/02/02 木

 スーパーでスターバックスのコーヒー豆を買えたので、久しぶりに朝コーヒーを淹れた。思えばスターバックスでは大抵お菓子のような限定ものか、お気に入りのホワイトモカばかり頼んでいて、普通のコーヒーを飲むことはないので、そこまで味はわからず、言われなければわからん。
 ようやく緊張が解け始め、かわりに「うわー、とうとう本物のティム・バートンを見ちゃったなあ」とじわじわ感動がやってきた。ぼくのこの時間差でやってくるリアクションはなんなのだろう。

2017/02/03 金

 特に節分らしいこともせず。あの太くて具のたくさん入った海苔巻きあまり好きじゃないしね。それにあれが節分の食べ物だっていう感覚まだ馴染まないな。やっぱり豆まきでしょう。それもしなかったが。
 試写を一本観た。ダウン症の少年がディズニー映画のセリフを通じて言葉を取り戻し、周囲とコミュニケーションを取って成長するドキュメンタリー。非常に良かった。ぼくと同い年ってところも来るものがある。

2017/02/04 土

 だいぶ日が経ってから書いているのでなにがあったか思い出せない。土曜日だった。このあたりからようやく午前中に起きられるようになった気がする。少し前にあった緊張のおかげか、何日か続けて日中に用事があったからか。最初に目が覚めたあたりですぐカーテンを開けると、新しい日差しが入ってきてどこか覚醒した気分になる。そうそう、この前の日寝るのが早かったんだよね。22時くらい。そしたらこの日は6時に目が覚めた。

2017/02/05 日

 寝るのが遅くても早めに目が覚めるようになった。これはいいのかよくないのか。専門学校に入りたての頃、課題をたくさん出すことで有名らしい古株の講師が「睡眠時間はたとえ2時間でも1時間でも、それが慣れればそれで平気になるから大丈夫」などというとんでもない持論を展開して、睡眠時間を削ってまで仕事をするべきだという世の中に蔓延するどうしようもない思想を、早くも若者たちに植え付けようとしていたのを思い出す。教えるべきはそういうことではなく、いかに睡眠時間が大切か、それをできるだけ多く確保するにはどういう風に作業をしていったらいいかというようなことだろうに。自分が経験した辛いことを後続のひとたちにもそのまま同じように経験させようとする必要なんかないのに。あいつ、まだ教えてるのかな。いや、そんなことはどうでもいい。その、睡眠時間が短いことに慣れてしまう、というのはわりと危険なことに思えてくるので、そうならないようにしたいところだ。とは言え、やはり決まった時間帯に目が覚める日が続くと、どこか身体の調子も良いような気がする。あとは寝る時間をできるだけ早く、毎日同じくらいにしていくことだなあ。
 ああいう、睡眠を軽んじる大人がひとりでも減りますように。

2017/02/06 月

 妻の誕生日である。何日か前に郵便局限定のドラえもん食器を誕生日に買っていいかと言うので、承諾して、それで一応誕生日プレゼントは済んでしまい、妻も別にこれ以上ケーキやなんやは面倒だろうから要らないと言って、出勤していってしまった。しかしさすがになにもしないわけにもいかないよなあ。どうしようかなあと思いながら、ぼくも打ち合わせのため都心に出て行った。
 帰りにケーキやちょっとしたお菓子を買って行って、帰ってから多少なにか飾りでも作ろうか、と考えていたら、妻から体調が悪いから早退するというメッセージが。ああ、前にもこういうことがあった気がする。あれは確か、そう、同棲を始めた年のクリスマスだった。妻が仕事から帰ってくるまでにチキンを用意して飾り付けをして、くたびれて帰ってきたところを出迎えようと、きゅうに張り切って準備をしていたら、突然昼間に帰ってきたのだ。そのときは帰ってくるなりすぐ布団に入って寝てしまったから、その間に大急ぎでいろいろやったのだが、まあ、帰宅したら部屋が暗くて……みたいなサプライズはできなかったよね。どうもぼくが張り切ってそういうことを計画すると彼女は早退してくるようになっているらしい。案の定この日もケーキやお菓子を選んでぐずぐずやっている間に妻のほうが先に帰宅してしまった。
 ケーキを抱えて帰ってくると、妻はやはり寝ていた。寝床から玄関や台所まわりが見えるようになっているので、ぼくが帰るとふと目を開けた妻が当然ケーキの箱を見ることになった。でも無反応。彼女はどうも寝ている間に突然目を開けて、一瞬目覚めたかのようになるもまた目を閉じて眠る、ということをよくする。目が開いても頭が起きていないのだろうけれど(眠る時に目が閉じ切らず、薄く白目が覗いてしまう体質と関係あるのだろうか)、そのときもそんな感じ。しめた、これは気づいていないかもしれないぞ。ケーキを冷蔵庫に詰めて(こんなの開けたら一発でバレる)、さあ、飾り付けや手紙でも書くのかと思いきや、ぼくもくたびれたので買ってきたパンを食べてだらだら過ごした。
 起きてきた妻が、不思議そうにして、「もしかしてケーキ買ってこなかった?」と聞くので、「いや?だって要らないと言っていたじゃん」とわざとできるだけ素っ気なく答えると、「なんか大きな袋を持ってるのを見た気がしたんだけどなあ」とどうやら寝ぼけ眼で見たものをなんとなく覚えていたらしいので、「買ってきてないよ。夢でも見ていたんじゃ?」と冷たく言ったら、「そうか」ととても寂しそうな顔をする。要らないと言っていたくせに。これでぼくが本当に買ってきてなかったら、どうせ気が利かないやつだと思われるのだろうなあ。でも、気は利くのである。買ってきてあるのだから。
「冷蔵庫を見てみな!」
 ぼくはあまりずっと隠しておくことができないたちなので、言った。妻は顔を輝かせて黒いモノリスのような冷蔵庫を開けて中を覗き、おほうむふふと笑うのだった。

2017/02/07 火

 この日も早起きできたのでふたりでランチを食べに行くことにした。最初は朝食を外で食べようと話していたのだが、話しているうちに昼間になった。途中で古本を漁った。すると、なんと『スター・ウォーズ』第1作の小説版、それも日本公開年の1978年、昭和53年初版の角川文庫版が出てきた。カバーは一作目のポスター、タイトルはまだシリーズ化する前なのでただの「スター・ウォーズ」(ただし、「ルーク・スカイウォーカーの冒険より」という記述がある)、カバーの袖にはスチール写真によるキャラクター紹介、そしてページ内にはモノクロの劇中写真が挿絵として入っている豪華さ。こんな文庫が当時は380円だったとはなあ。
 著者はジョージ・ルーカスとあるが、これはぼくの記憶と通説が正しければ、アラン・ディーン・フォスターというSF作家がゴーストで書いていたはず。フォスターはシリーズ初のスピンオフ小説である「侵略の惑星」の著者で、EP7『フォースの覚醒』のノベライズも彼が書いていた。
 第一作目のノベライズというだけあって、後年のノベライズやスピンオフ小説のように固有名詞がばんばん飛び交うということはなく、初めて銀河世界に触れる観客・読者を前提にしているので言葉や説明が丁寧である。なにより印象的なのは、「ストームトルーパー」や「サンドクローラー」というような用語をカタカナに変換するだけでなく、それぞれ「機動歩兵」「砂上車」というように日本語にあてて訳しているところ。これだけで今読むととても丁寧に思える。機動歩兵の装甲兜。巡航宇宙艦。このほうがどこか古めかしさがあってSWっぽいくらいだ。もちろんなんでもかんでも漢字をあてられているわけではないけれど、ところどころこういう言葉があるのを見ると、とても新鮮。
 物語上も、一作目の当初の世界観、シリーズ化される前でまだ広さや奥行きが描かれず、それゆえに想像力をかき立てられる、ある意味無垢な雰囲気があって楽しい。初めてこの世界に触れたひとの気持ちを追体験できるようだ。まだこの時点では帝国とそれに抵抗する共和主義者の戦争、くらいの世界観でしかないのだ。映画版のEP4そのものにおいてよりも、「共和国」の存在に焦点が当てられていたり、早くも「シスの暗黒卿」や「スカヴェンジャー(掃除屋)」といった言葉が出てくるあたり、一番最初のこの物語に、後のシリーズに登場する要素がたくさん詰まっているかのようだ。一作目にしてシリーズを包括しているとすら言える。そうして、よく知っている物語のはずなのに、細部が少しずつ違うこの小説を読むことで、ちょっと違うSWが見えてくるようで楽しい。お馴染みの映画とどこが異なるか、わずかな設定や用語、訳の違いなどメモにまとめたい。