2017年2月1日

『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』ティム・バートン監督来日会見


 ひとと違う、ひとよりも少し弱い、そういう立場のキャラクターたちにスポットをあてて、誰でも受け入れる懐の深さを見せてくれるのがバートン監督作品。『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』の物語はまさにそこに通じるし、子供が題材になった古いトリック写真から着想を得たという世界観そのものも、監督の世界観にぴったりで、相性が抜群だからこそ魔法のような映画が出来上がったと思う。
 原作には実在する古い写真が挿絵のように載っていて、著者ランサム・リグスがいかに写真から想像を膨らませてキャラクターをつくったかが伺えて、映画のキャラクターもその雰囲気をよく再現している。監督によれば、写真という静止画が持つ独特の雰囲気を映像の中で再現するのは簡単なことではなかったそう。それでも、原作者の協力もあって映像による映像なりのアプローチが実現できたそう。映画で大きく変更が加えられたところは多い。たとえば、いちばんはやはりヒロインの設定。映画ではエイサ・バターフィールドが宙に浮くエラ・パーネルをロープでおさえている絶妙なバランスのヴィジュアル(この構図はバートンの絵本『オイスター・ボーイの憂鬱な死』にある「いかりの赤ん坊」の挿絵に似ている。海底に沈んだいかりの赤ちゃんから鎖のへその緒が伸びていて、先に繋がっている母親がぷかぷか上に浮いている絵)が印象的だけれど、原作のヒロインは宙に浮かぶ女の子ではなく、手から火が出る女の子。そう、映画ではローレン・マクロスティが演じている発火少女と立ち位置が入れ替わっているのだ。前述したような女の子が宙に浮かんでいる絵のほうが、詩的なヴィジュアルをつくれると監督は思ったのだそう。その工夫は成功していると思う。あの図はすごく良いし、あれだけで物語の「奇妙さ」がよく伝わってくる。
 座っていて膝が震えるほど緊張した。ほんの4メートルにも満たない距離に彼が座っているから。虫が一度足を踏み入れたら出てこれなさそうな、鳥の巣のような、ゴッホの描く雲みたいな髪の毛の一本一本が見えるようだ。しゃべるたびに落ち着かなげに動き続ける手と、靴とズボンの裾の間に見える白と黒の縞模様。信じられない。目の前にこのひとが座っている。緊張のあまり質問は大変おぼつかなくて、途中で自分でもなにを言っているかわからなくなってしまうほどだったけれど、彼はちゃんとぼくの方を見てくれた。たぶんね。
「奇妙なことは良いことだ」
ほかにも聞きたいことはウーギー・ブギーの袋の蛆虫の数くらいあったけれど、彼の口からこの言葉を聞けただけで十分。それもぼくからの質問によって!もっとうまく言葉を組み立てて、綺麗に質問をすることができたら、すらすらと話すことができたら、ってすごく思い悩みながら家に帰ったけれど、ぼくはまずそんな自分を肯定することから始めたほうがいいのかもしれない。またこういう機会があったら、伝えたいことを伝えられるように。
 『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』は2月3日金曜日より公開。SPUR最新号ではイラストレビューも描いています。