気付いたら1ヶ月更新していなかった。反省反省。このままでは去年の記事数はおろか一昨年より少ないまま今年が終わってしまう。というわけで仕事の記録から。「婦人公論」12/10号のジェーン・スーさん連載の挿絵。台風被害が相次いこの秋、避難所生活を余儀なくされた女性たちに想いを馳せる内容。非常時には二の次以下にされてしまいがちな女性の健康上のあれこれ、自分を守るためにはもう少し「個」を保ってもいいのでは、ということでこのような絵。稲妻を白くすると誌面の地と繋がっておもしろいかなと思った次第。
この場を借りて言えば、例の台風ではぼくの地元も大打撃を受け、何日も実家と連絡が繋がらず状況が全然わからないというような具合だった。電話が繋がらないとこんなに不便かと、普段電話で話すのが大嫌いなぼくが思うのだった。ずっと停電しているらしいのでネット環境ももちろんだめ。とりあえず連絡のついた高校の友達に直に様子を見に行ってもらってようやく無事とわかったのだけれど、こういうときに地元に友達がいるといいですね。仲良い人がほんのちょっとでもいると助かります。結局こちらの心配や流れてくる噂とは裏腹に、うちの実家に関してはそこまで深刻なことはなかった。田舎でひとも少ないから小学校で配る物資もだいぶ余ってしまったらしい。そのあともしばらく電気は戻らず電話も繋がらないので詳しい様子はわからないという状況が続き、まあ件の友達とは連絡がつく以上こちらに知らせる手段が一切ないというわけではないので、なにも言ってこないということは多分なにごともないのだろうくらいに思っていたけれど、それでも不安は不安ということで、弟が運行の再開した高速バスで向かうことになった。しかしうちの実家というのは街の駅からだいぶん離れたところにあり、最低限自転車でもないと移動は難しい。自分で車で行かない限り勝手に帰って勝手に立ち寄るというのがしづらい。こちらから向かうという連絡が入れらない以上迎えも呼べない(曲がりなりにも被災しているところを一方的に訪ねて迎えに来てくれというのも変な話になる)。どうしようかというところで再びさきほどの友達が登場。弟を駅から実家まで車で送ってくれるという。なんていいひとなんでしょうか。もちろん両親は変わらず無事。お父さんはいつも通りソファで寝転がっていた。心配して損した、なんていうことはもちろんないが、しかし自分たちが何事もないことがわかっている方にしてみれば、がんばって方法を見つけてこちらに連絡を入れようというような気が起きづらいのかもしれない。それにしてもどうしてそんないいひとがぼくなどの友達でいてくれるのだろうか。それはたぶんいいひとだからだろう。