2016/11/21

GINZA 12月号



 GINZA最新12月号の特集「ニッポンコスメの底力!」の扉に、日本製コスメを20個ほど描いています。単色(和的なモスグリーン)で統一。単色で彩色するときはどの部分を塗りどこを塗らないかを考えるのが楽しいです。
 周囲にまわりこんでいるブランド名もぼくの手書きです。
 これも日本製だったのか!と改めて知るものもあり、ためになりました。この手のアイテムは描いていて楽しいから個人的にも描こう。

2016/11/20

帝国宇宙軍兵士


  旧三部作でおなじみの黒い制服に黒い大きな傘状ヘルメットをかぶった宇宙軍兵士の姿が『ローグ・ワン』予告編にも登場。なかなかかっこいい構図だったので絵にした。後ろからよく見るとヘルメットのラインがかなりカーブしてるなあと思った。
 スクリーンに映ってるのは新たに登場するジェダという惑星(ジェダイとゆかりがあるとか)の荒涼とした地表と思われる。ここに映ってるということは標的にされてるってことだから(EP4でレイア姫の故郷オルデランが破壊されるとき、同じスクリーンにオルデランが映されていた)試験的に破壊されちゃうんだろうか。
 実際に惑星を破壊するスーパーレーザーを発射するのは、より特殊な装備に身を包んだデス・スター・ガンナーたちなんだけれど、一応攻撃のプロセスに関与しているこの兵士、なにを思っているだろうな。EP6の削除されたシーンに、皇帝から戦いが行われている惑星エンドアを破壊しろと命じられた指揮官のモフ・ジャジャーロッドが、地上にはまだ味方がいるからいくらなんでも無茶だと渋るというのがある。あのシーンがあると無いとでは、ジャジャーロッドというキャラクターへの評価ががらっと変わるし、旧三部作では一切同情の余地がない、完全な悪として描かれる帝国軍側の心境も垣間見得て良いと思うんだけれど、まあテンポがあるからね。そんな削除シーンがあったことを知ってから、EP6を観てみたら皇帝が件の命令を下した次の瞬間には誰一人躊躇せずスーパーレーザーをぶっ放していてちょっと寂しかった(そのシーンでの標的はエンドアではなく反乱軍の宇宙船なのだけれど)。
 だから、ギャレス・エドワーズ監督が善悪の存在しない現実的な戦争の実情を描くことに意欲を見せていたのを見て、『ローグ・ワン』では帝国軍側の葛藤なども描かれるんじゃないかなあと思う。というか是非描いて欲しい。惑星をひとつ、住んでいる大勢のひともろとも吹き飛ばしてしまう、というのはとんでもないストレスを覚えることだろう。邪悪な思想の中心にいるヴェイダーやターキン、クレニックといった高官たちには一切良心の呵責がないにしても、いち兵士、いち砲手たちにはなにか思うところがあってもいいんじゃないだろうか。予告編からもジェダの地上に帝国軍が多少駐留しているっぽいことはわかるので、当然破壊するのであれば地上の味方も犠牲になる。そんなことを思うとこの宇宙軍兵士の後ろ姿も違って見える、かも。
 本編を見たら、フツーに冷酷なやつかもしんない。


2016/11/19

日記:11/14 - 11/18

2016/11/14 月

 ダックスフンドが様々な飼い主の元を巡っていく映画『トッド・ソロンズの子犬物語』の試写に。観ているあいだ中早く帰って犬に会いたくなる内容。夜は雨がしとしと降って非常に寒い。大きな満月だったようだが見る余裕もなかった。新しい依頼がきたのでひと安心。気づいたら今週は平日五日間試写に行く予定になっていたので、仕事は主に夜に。だいたいいつもそうだけどね。日が昇ってる間はどうも集中できないらしい。明るい間に活動するのは気持ちがいいけれど。
 間違えてポテトチップスのコンソメ味を買ってしまった。どうもコンソメは舌が痛くなる。

2016/11/15 火

 『スター・ウォーズ』シリーズの出演者の人生に迫るドキュメンタリー映画『エルストリー1976』の試写へ。基本的に一作目(1977)の出演者についてだけれど、二作目『帝国の逆襲』(1980)からはボバ・フェット役のジェレミー・ブロックも登場。マサッシ・テンプル・ガードのフィギュアが欲しくなった。
 歩行喫煙者には本当にうんざりする。犬の散歩をしていたらすれ違いざまに火のついたままの煙草を投げ捨てられ(投げる先を見もしない)危うく犬に当たるところだった。その場で暴力にうったえたくなるレベルだけれど、咄嗟に殴りかからないかわりに十分注意して歩かなければならない。十分に距離を取って、警戒して歩かなければならない。悲しいことだが自分や犬を守るためには仕方がない。ぼくは大人になって間もない身だが、こうも世の中の大人たちがルールを守っていないとは思わなかった。子供の頃、大人とは無条件で尊敬できる対象だったのに。煙草を捨てた彼も、あのまま家に変えれば誰かの息子であり夫であり父親であるということを考えると余計にやり切れない。自分となんら変わらない普通の人間であり、火のついた煙草を路上に捨てるという行為が彼らにとって日常的な習慣でなんら不自然なところはないのだ。まあ、なんにせよ彼らがぼくと一切関係ないところで苦しんで生きることを願う。
 家に帰れば今度はテレビだ。近頃テレビの音が耳について仕方がない。夜は番組もCMもキンキンとやかましくて参る。国産TVドラマの「ユーモラスなシーン」は寒くてこちらが恥ずかしくなる。どうもいろいろなことに対して神経質というか過敏になっている。妻や友人からも指摘される。なぜだろうか?

2016/11/16 水

 『ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅』の試写に。大きな映画館で行われる試写は特別感があってわくわくする。10年以上前に買ったホグワーツ校指定教科書(という設定の本)『幻の動物とその生息地』をバッグに入れておいた(映画のタイトルは原題はこの本と同じ。邦題も本と同じにしてほしかったな)。インワールドな小道具としてこの本はお気に入りだったが、子供の頃本棚を眺めるたびにそこで異彩を放っていた「ニュート・スキャマンダー」という名前から、どんな人物だろうかと想像を巡らせていただけあって今回の映画化は興味深い。この本が直接の原作というわけではないが、映画で描かれる冒険を通してスキャマンダーが魔法動物のデータを収集してまとめたのがこの本ということになる。ハグリッドがこの本を読んでいるとは思えない。
 家では仕事をしているのだけれど、どうもぼうっと座っていることが多い気がする。冷えるのでココアの粉を買ってきてホットミルクに溶かして飲んだ。ますますぼうっとした。
 妻が言うにはぼくの留守中にマンションを不審な男がうろついていたらしい。越してたときから玄関扉に二つも鍵がついていたから治安にはもともと期待していないが、心配。昨日書いた歩行喫煙者たちもそうだけれど、近所の住民は別としても家の周りを歩く連中のガラが悪すぎる。彼らを一掃できるほどの独裁者になるか、別のところに引っ越すかしたい。

2016/11/17 木

 09年頃にピクシヴでメッセージのやりとりをして以来2度ほど展示会を訪ねたことがあるくまおり純さんの個展の初日なので、マーベルの新作『ドクター・ストレンジ』の試写の前に中野ブロードウェイに行った。会うのは5年ぶりで、前回も同じ場所。時期もほとんど同じ。久しぶりだったし、何度も会っているわけではなかったけれどすぐにわかってもらえてうれしい。初日と最終日くらい在廊されないのではと勝手に思い込んでいたのだけれど、明日も在廊ということだったので、それでは妻とまた来ようと思った。アクリル画なのに発光しているように見えるくらい、光の使い方が素晴らしい。メイクイーンもいちご大福も驚くほど光っているし、木漏れ日の具合もデジタル画のように鮮やか。やはり実在の作品としての原画、絵画の力は圧倒的である。目の前の仕事で精一杯だとつい忘れがちだけれど、ぼくもやはり原画としての完成度をどこかで維持しないとなあと思う。
 中野ブロードウェイには旧ケナー社のSWフィギュアが比較的安価で売られているので興奮する。しかし持ち合わせがないので明日来たときに買ってみよう。
 『ドクター・ストレンジ』はアメコミやバンドデシネを読んでいると時折遭遇する「きもい画」をこれでもかと詰め込んだようなところが印象的だった。アメコミ映画は不思議と直接の原作本を読んでいなくとも、ああ、ここはきっとコミックに同じ画があるんだなと思うくらい、コミック本を読んでいる気分になるシーンが登場する。アメコミにありがちな画っていうのもどこかで頭に残っているんだろうな。とても楽しめた。
 今週はずっと試写続きで、帰ってくると疲れてしばらくぼうっとしがちだったけれど、さすがに週も終わりなので終わらずに残っているものを仕上げる。結局朝までかかってしまった。結婚式が終わってからというもの寝っぱなしだからこのあたりで調整しなければならないと思っていたんだよ。
 
2016/11/18 金

 最近犬が散歩中にするウンチの量が大変である。一度の散歩で5回ほどする。袋がいっぱいである。これだけたくさんのウンチを持ち歩いているという事実、可笑しくてたまらない。犬と暮らし始めた頃はまだまだぼくもペットはペットであって家族というほどではないだろうと思っていたのだけれど、どうだろうか。家族じゃないやつのウンチをこんなにたくさん毎日毎日丁寧に拾うか?結論、犬は家族である。このことは先日MRI検査を大金払って受けたときにも書いたね。お金の問題じゃないけれど、それだけ世話をしている以上家族の構成員以外の何者でもないってことさ。
 何通かメールを済ませてから(例によってメール一通書き上げるのに時間がかかりすぎている。丁寧なのはいいことだろうけれど、ちょっとしたメールを神経質に推敲し続けることにもはや疲れた)妻とともにバスで中野に向かう。子供の頃は平気だったがどうも最近バス酔いしやすいような気がする。
 くまおり純さんと、妻と3人でやはり犬の話で盛り上がる。展示されている作品の中でも犬が描かれた絵は際立っている(ように感じる。ぼくが犬に夢中だから)。ちょっとしたら帰るつもりだったけれど、純さんも早めに帰るとのことだったので、思い切ってお茶に誘ってみると快諾してくれた。場所をカフェに移してやはり3人で犬の話をした。もちろん絵の話も。年々変化して上達しているらしいぼくの絵を褒めてくれてとてもうれしい。絵に関する悩みについても、初めてメールの返事をもらったときと同様に苦しむ必要はないのだと気づかせてくれる。いや、ぼくも心の底ではわかっていたのかもしれない。ひとから言われて(それも憧れの)、やっぱりそうだよなと思い少し勇気が出た。自信を持つ勇気だ。自信を持たないことは周りに対しても不誠実と言えよう。なによりとにかく描いてみようという気持ちになれた。どこか懐かしい感じもする。やっぱりひとと絵の話をしないとダメだ。特に尊敬する相手とは話さなければならない。
 それで、なぜぼくはその会話の中で「足の指の爪は怖くて触れない」という話を熱弁したんだろうな。ぼくがひどい冷え性で足の指と指がまったく開かないほど足先が冷えきっているという話からそうなった。足に限らずぼくは手の爪も嫌いだ。少しでも伸ばしたらひっくりかえってしまいそうな、なにかの拍子にはがれてしまいそうな感じがして半ば強迫的に深爪をする。奇妙なチップが体の末端にたくさん貼り付いているのが気持ち悪いのだろう、足の指の爪は手に比べると小さいので、危なっかしく、今にも取れてしまいそうで怖い、という話をした。もちろんふたりともぽかんである。我ながら頭のおかしい話をしたものだ。少しでもユニークに、変わっていると思われたいがために奇妙な癖や体質を少し大げさに、自慢げに話すデザイン学生みたいだ。忘れてください。
 ところでブロードウェイで目当てのフィギュアはちゃんと手に入れた。思い描いたこと全部実現した日になった。夜は帰って来てから家の近所でバーガーを食べた。お気に入りの店で普段バーガーはないが、この日曜まで限定でバーガーを食べさせてくれるらしい。ルートビアが飲めるお店で、ぼくはここで初めてこの飲み物を飲んだ。ルートビアを頼むのはいつも妻で、ぼくは決まってドクターペッパーを注文する。
 

2016/11/15

毎度お馴染みの変装して潜入


 いやあ、予告編で観たときにマヌケでとても良い画だと思った。予告編は最近も新しいものが出たけれど(さらに少しずつ違ったインターナショナル版があるのでとても追いきれない)、どうも良いところを見せすぎな感じがする。この作品に限ったことではないが、だんだん予告編が本編ダイジェストになってきている。公式MAD動画とでも言おうか。ふたを開けたら予告編以上のものが無かったという不幸な結末も少なくない。思えばEP1の予告編でダース・モールの双刃のライトセイバーがいきなりお披露目されていたときも見せすぎであったような気がする。もちろん話題を呼んだり期待値を高めたりしたのだろうけれど、予告編が派手なほど本編でのサプライズは薄れる。昨年のEP7も最初のティーザーでもうカイロ・レンの十字型ライトセイバーが出ていたし。『ローグ・ワン』の最新予告編にはデス・スターのスーパーレーザーに関する映像が出てくるんだけれど、ああいうのは本編で初めて観たかったなあ。
 ところで左側の人物、メキシコ出身のディエゴ・ルナ演じるキャシアン・アンドアがかっこいい。SWのモブキャラ的雰囲気いっぱいの彼がメイン・キャラクターであることが、本作がそもそも今まではモブキャラだったような人物が活躍する作品であることを思い出させる。ディエゴ・ルナもかっこいいが、ボーディー・ルックというキャラクターを演じるリズ・アーメッドというひともかっこいい(どちらもヒゲのひと)。アーメッドはロンドン郊外の生まれでオックスフォード大出身。このふたりは渋いヴィジュアルも良いのだが、その名前がそのままSW世界に登場しそうな感じがする。ディエゴ・ルナ、リズ・アーメッド。最初にそう思っちゃうと役名と役者名がごっちゃになる。

2016/11/14

日記:11/9 - 13

2016/11/9 水

 若い女性が野生の狼に恋して欲情してしまうドイツ映画『WILD ワイルド わたしの中の獣』の試写へ。映画を観ている間にアメリカ大統領選の結果が出る。悪い冗談みたいなことになって気が滅入る。嫌な世の中。良い世の中がいつかといえば、わからないけれど。こういうときは『スター・ウォーズ』を観るに限る。
 映画の狼は、大きな犬のようで可愛かったな。特に女性と生活をし始めるともう我が家での犬の仕草と比べずにいられなかった。
 犬は検査のあとあのまま妻の実家に預けたままだったので、寒い夜だが犬は不在。散歩に行かなくていいので机に向かってじっくり仕事した。

2016/11/10 木

 今週は月、水、木、金と試写を入れていていっぱい観るぞと思っていたのだが、今朝はまんまと寝過ごしてしまった。要予約ではないので別の日に行けばいいのだけれど、あらかじめ立てていた予定が狂うのはやはりショック。それにしても朝は寒すぎて身体が動かなかった。
 Eメールが不具合を起こしていて受信はするのに送信はできない状況が半日続く。返信が滞ったが決して無視を決め込んでいたわけではありません。動作状況は送信中のままストップし送信ボタンを押し直してもその分送信中の容量が増えていくだけ。いろいろ調べたが検索結果に出るのは震災よりも前の頃に書かれた、今のバージョンではない環境での対応策ばかり(バージョンが違うと画面のレイアウトも違うから非常にわかりづらい)。できることはしたが改善されずお手上げなのでアカウントを一度メーラーから削除してサインインし直した。直った。
 こういうときに身近に頼れるひとがいないのは辛い。コンピューターに詳しいギーク連中は LINEグループに何人かいるけれど、往々にしてコンピューターに詳しいひとはPCユーザーでMacなど使わない。思えば実家で初めてコンピューターを迎えて触りだした頃から頼れる相手などほとんどいなかった。ぼくの両親はデジタルに縁がなかったし、その時点で我が家でいちばんコンピューターに対する知識を持っていたのは12歳のぼくだった。多少聞けるひとに聞いていたこともあったけれど、ほとんどの場合不具合が起こるたびにひとりで苦しんでいた。そういうときだけはパソコンと向き合う仕事をしている父親を持つ子たちが羨ましかったものだ。さぞ頼りになっただろうな。自転車のパンクとかは直せなさそうだけれど。
 妻が実家まで犬を引き取りに向かったのだが、雨がひどくなったのでそのまま泊まってくることに。だから夜はひとり。寒い中散歩に行かなくていいかわりにもふもふの毛並にも触れない。

2016/11/11 金

 雨のせいもあって一段と冷えてきた。送った請求書にミスがあったので書き直して送り直す。すでに消費税を足した額にさらに消費税を足すという欲深く思われそうな間違い。
 夜はティム・バートン監督の新作『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』に。一時に比べればバートン熱はかなり冷めていたんだけれど、これが最高だった。また感想を書くので詳しくは触れないけれど、とにかく良かった。KKKに支持された男が大統領になる世の中でも(自分の国が彼にすり寄ろうとしていても)、バートンの新作と『スター・ウォーズ』の新作が観られるだけで希望は感じられる。
 犬が家に戻ってきたのでベッドの上でじゃれ合う。あまりにもぼくが犬になりきって唸りながら暴れると、犬の方がひく。週末までの仕事は済んだからのんびりした週末がおくれそう。

2016/11/12 土

 友達とケバブ祭りとかいうのに出かけようと話していたが、仕事になったらしいので昼まで寝る。少しレゴを組み立てる(少し?)。いっそ夕方から夜の分の犬の散歩に出かけたらあとが楽だということで(最近とても寒い)犬が存分に走れる大きな公園まで行く。写真を撮ろうと思ったけれど、あっという間に真っ暗になってしまった。夕食の際にアマゾン・プライムでティム・バートンの前作『ビッグ・アイズ』を観る。昨夜の『ミス・ペレグリン』が相当気に入ったんだろうな、あの新鮮さへの伏線みたいなものを前作に求めたんだ。見逃していたから良い機会でもあった。『ビッグ・アイズ』は新鮮どころの話ではなく、この調子で非ファンタジー映画もどんどん撮ってほしいと思った。新境地だって言ってるひともいたような気がするけれど、でも、そこに「到達した」というよりも、今まで撮ってなかったってだけのようにも思う(『エド・ウッド』は近い作品だね)。だって彼は天才だもの。なんでも撮れちゃうんだよ。

2016/11/13 日

 結婚式が終わってからというもの本当によく眠っている。日曜だから別に後ろめたくない。夕方から明け方まで仕事していた友達と、昨日行く予定だったケバブ祭りに行く。久しぶりに新宿の歩行者天国を歩く。連日の寒さを考えて厚着したらこれが今日は少し暖かい。大久保病院の前の広場にケバブの屋台が並んでいるが、購入は現金ではなくチケット制。100円単位の券をスタッフから買って使う。とりあえず10枚買う。ケバブはだいたい700円くらい。思っていたより高い。上京したての頃、秋葉原のトラック屋台で食べたのは500円だったからそのイメージしかなかった。ましてやこういうイベントなんだからもう少し安くてもいいのにな。もちろんボリュームもあって美味しかった。美味しかったというか、ケバブの味だった。ひとつ食べて終わりじゃ味気ないので、もうひとつ食べようということになって、追加で券を買って今度はバゲットサンドのケバブを食べた。友達はビーフにしたけど、ぼくは一つ目同様チキンにした。チキンだけど、ダチョウの肉だとか言ってたな。よくわからない。さすがに続けて二つ食べたらお腹いっぱいになった。二つで十分ですよ!

2016/11/13

宇宙兵士なのにチョッキ


 『ローグ・ワン』の影響か、この反乱軍フリート兵士が最近お気に入り。ヘルメットも印象的だが宇宙兵士なのにチョッキというところがかわいい。一作目の撮影時にはこの独特のヘルメットはとても頭の上には乗らず、ズレたりぽろんと脱げ落ちてしまったらしい。今回旧三部作以来の久しぶりの登場なので、そのあたり改善されていそう。
 初めてEP4を観たときに、このポールの先についた見張り台が印象的だった。まず思ったのは、どうやって降りるの?後で知ったところによると、ポールが地中に収納されていってゴンドラが地面に降りるという設定らしい。この中で地上を見下ろしながら1日中ぼうっとしていてもいいかもな。読書したっていい。高いところは苦手だし、平和なときに限るけれど。

2016/11/12

『ハドソン川の奇跡』(2016)


 事故の直後から物語は始まり、聴取に対する機長の証言や回想を通して事故の経緯が描かれていく、その時系列の並び替えの工夫がとても効果的で、この有名すぎる上にまだ記憶に新しい、結果の知れている出来事が違う側面から浮かび上がってくる。
 事故時の刻一刻と変化していく緊迫とした状況を味わっていない人々からの追及に普通なら苛立ちを覚えてしまうかもしれないけれど、その厳しい追及をしてくる彼らも、サリー機長同様に自分たちの仕事に忠実なだけ。そのことをよく理解している機長は相手の立場もよく尊重した上で、自分の決断が正しいということを証明しようとする。その様子も気持ちが良いんだけれど、飛行機が不時着水した際の人々の行動の速さにも心打たれる。機長はじめ乗務員の行動も迅速だし(乗務員は機長と副機長のほかに客室乗務員3名のみ)、近くにいた通勤フェリーもすぐに駆けつけた(なんと着水の4分後!)。みんなが懸命に他人を助けるために動いているあの感じ。生きたパイロットが飛行機を操縦することの価値すらも感じられた。ほかのあらゆる仕事についても。だからなのかな、事故の緊迫感は恐ろしかったけれど、なぜか観終えたあとには飛行機に乗りたくなっていたんだよね。
 前作『アメリカン・スナイパー』(2014)に続くノンフィクションものなのだけれど、この調子でノンフィクション・シリーズが続くのかな。『アメリカン〜』の後だから余計に今作の希望に満ちた感じが際立つ。もちろんあちらも良い作品だったと思う。
 それにしても映画を撮るペースがはやい。あとトム・ハンクスの顔がとても卵みたいだった。

2016/11/11

「不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち」挿絵



 ディスカヴァー・トゥエンティワン刊「不機嫌な長男・長女 無責任な末っ子たち」(五百田達成著)に表紙含め挿絵を描きました。およそ40点近く描いたのでぜひご覧ください。主なカットはひとコマ漫画調となっています。
 長子、中間子、末っ子、一人っ子と四種類のきょうだい型による性格診断、きょうだい型の取扱説明書のような内容となっています。

2016/11/08

日記:11/3 - 8

2016/11/3 木

 2日の結婚式は19時のアフターパーティお開きをもって終了。一年前に式場を予約して以来つねに「準備をしないとまずいぞ」という声が頭上から降ってくる日々だったけれど、それももう終わり。一年ぶりにそのプレッシャーのない日々が戻るというわけ。19時半くらいに最後まで粘っていた友人たち(壁にプロジェクターで映し出していた『ジェダイの帰還』をクライマックスまでみんなで観た)を見送って、さっそく片付けに入る。途中披露宴のあいだ中座のために食べていなかった魚料理を改めて用意してもらう。みんなから好評だったというだけあってとても美味しい。持ち込んだ飾り等は半分を配送、半分をそのまま持ち帰りにした。ぼくらの帰りに合わせたかのように雨が降り始める。雨の中荷物をくくりつけた台車を引きながら地下鉄で帰った。その様子はとても数時間前までパーティの主役だったふたりとは思えないほどくたびれていたはずだ。
 翌日3日はほとんど寝て過ごした。ベッドの位置を、枕が窓際にくるように動かしたので昼のあいだ入ってくる日差しは気持ちがよい。

2016/11/4 金

 式にも来てくれた友人ふたりと、新宿までVR体験に行った。彼ら同士は式の日が初対面だったけれど、共通の話題が結構あったので意気投合したらしい。同じテーブルにして良かった。『スター・ウォーズ』が好きならそれだけで十分だ。もちろん同じものが好きだからといって必ずしも仲良くなれるとは限らないが、この場合うまくいったみたい。
 初めてVRのヘッドセットをつけたが思っていたよりも外の光が入ってきて画面への没入感が今ひとつ削がれる。でもおもしろかった。瓦礫にはさまれたままゴジラが東京駅を破壊するのを見ていることしかできないプレイヤーという、救いようのないシチュエーション。だんだんゴジラがこちらに近寄って来てその巨大さが際立ち、踏み潰されるか、口からの放射熱線で焼かれるかして終わるのだろうか、と思っていたら、なんとゴジラが歩くことで宙にまきあげられた岩のひとつに潰されて終わった。救いがない。
 それからは特に目的がなかったので三人で御苑へ行った。思えば妻と最初に出かけたときも御苑に来た。今くらいの時期に。御苑にはペットだったのが逃げ出して野生化したインコが受け入れられた上で生息していることを知った。「カミツキガメと違ってインコはかわいいからオッケー」ってことではないと思うが、実害が少ないからこういう扱いになるのだろうか。
 散策を終えてからは久しぶりに秋葉原に行って、それから上野まで歩いた。適当にお店を覗いて、歩くだけだったけれど、話題がたくさんあるので楽しい時間だった。

2016/11/5 土・6 日

 とりあえず家の片付けをしなければ通常の生活には戻れない。もとから狭い部屋だ、工作をしたりして材料や道具を広げるともはや足の踏み場もない。夏以降ずっとこんな感じだったので、一気に一通り処分。式の準備のためだけにあったような物は、もはや他に使い道も見当たらないので捨てる。物置と化していたテーブルの天板が久しぶりに現れる。
 家で改めて片付けをしていてふと思ったが、非常にお祭りの後のような寂しさがあった。

2016/11/7 月

 メリル・ストリープがうそみたいに音痴な演技をする映画『マダム・フローレンス!』の試写に行く。思い切り外した歌がたくさん流れるのだけれど、音感の良いひとってこういうの聴いてられるのだろうか。『ブルックリン』でシアーシャ・ローナンに意地悪する雑貨屋のおばさん、ブリッド・ブレナンが優しいお手伝いさん役だった。大きな眼で頬骨の高い、綺麗なひとである。もっと出演作観たいな。

2016/11/8 火

 実は9月の終わりあたりから犬が顔面神経麻痺っぽくて、獣医からは脳腫瘍の可能性も否定できないと言われていた。それを聞かされた日は結婚式の準備も大詰めにさしかかろうというのに、妻とふたりでお通夜のようなテンションであった。当の犬はもちろんそんなことも知らずけろっとしていた。それよりも前から気になるところがあったので最初は近所の獣医に診てもらっていたが、そのお医者はどうも触診も適当だし犬をまじまじと見つめては首をかしげるだけで全然頼りにならないから、前住んでいたところでかかっていた獣医に診てもらって、ようやく顔面神経麻痺だということがわかったという次第。適当な診察よりはちょっと大げさなことを言われるくらいの方がいいので(だいたい後で診てもらった方の獣医さんは触診の手つきや観察の眼差しが違うのだ)、顔が麻痺していて脳腫瘍かもしれないというならMRI検査などをして前進させようということになり、この8日の火曜の朝から設備のある専門の病院までよいしょよいしょと連れて行った。
 いろいろな犬がいて、皆優しそうな顔をしていた。診察室の方からは苛立った猫の唸り声がずっと聞こえていた。獣医さんの診察がはじまり、退屈そうなコーギーのあちこちを触る。やはり触診の手つきが違うぜ。全身くまなくなにかを探すように触っていく。MRI等の検査のためには全身麻酔をかけなければいけないので、そのリスクについてご了承ください。あとお金。結構かかります。大丈夫、ペット保険があるから大した額にはならないはず、とぼくと妻はたかをくくった。お金についてたかをくくるのがぼくらの悪い癖だ。出された見積書を見てぎょっとする。保険負担額は1万とちょっと。請求額は15万くらい。ふぁっ? 実は1日の保険負担額の限度がそのくらいなんだって。じゃあもっと高額な手術なんかをするときはどうするんだろう。そういうときも一回につき一万いくらしか引かれないの?ふぁあ。しかし、じゃあやめておきますというわけにもいかない。原因やどういう症状なのかがよくわからないまま不安な日々をおくるくらいならはっきりさせたほうがいいに決まっている。結婚式終わったばかりで財布がだいぶ軽くなっているところにこの出費はだいぶ厳しいのだけれど、もし自分の親きょうだい、あるいは子供が同じようなことになったら、迷っている暇はないはずで、それは一緒に暮らしている以上犬に対しても同じ姿勢を取るべきである。ぼくがこんなふうに考えるようになるとはね。さあ、先生、お金は払うから存分に調べてくれ!
 犬を預け(去勢手術のときもそうだったが、獣医が犬をかかえてそのまま奥の方へ姿を消してしまうときはちょっと恐ろしくなるものだ。もし麻酔から覚めなかったら?これが最後になってしまう)、夕方頃また引き取りにくることにして、近いのでいったん妻の実家へ向かう。本は持って来ていたけれど、こんなことなら多少絵を描く道具があってもよかったな。しばらく読書していたが飽きたので昼寝に切り替えた。途中で新しい仕事のことで電話がくる。式の準備のため半月くらいは連載以外に新規の依頼を受けないようにしていたので、そのまま仕事が減っていったらまずいなと不安だったのだけれど、こうやってまた仕事がもらえるのはうれしい。いずれにせよ作業は家に戻らないとできないので、犬を迎えに行く時間まで眠る。
 病院から電話を受けた妻が嬉々として起こしにくる。犬は普通に目覚めているので迎えに来るようにという電話だった。エアバギーを押して徒歩で病院に向かう。とても冷え込んでいた。冬の夕方である。スタッフが抱きかかえて連れて来た犬は、もうすっかり目も覚めて本調子のようだ。検査のために首の後ろの毛がきれいに四角く刈り取られて格好悪くなっていて、抱きかかえてお腹を見たら、お腹もそっくりごっそりと毛が刈られている。超音波検査のためである。お前はこんなに乳首があったのかい。犬の毛の生えてない皮膚の奇妙な感触といったら。寒そうだから帰ったら服を着せてやりたい。
 検査の結果、特になにも異常がなかった。安心を買ったというやつ。でも顔が半分麻痺しているのは事実。こういうのは原因がわからず、だんだん治ってしまうものも多いとか。とりあえず血液検査をするので2週間後また来るようとのことだった。
 帰り道、麻酔でぐっすり寝ていたからか(?)犬はぴんぴんしていてどこまでも前のめりでずんずんと歩いていく勢いだった。
 最初の適当な診察をした獣医に負担させたいくらいである。

2016/10/29

SPUR映画レビュー第9回


 遅くなりましたが、SPUR最新号ではスパイ小説の巨匠ジョン・ル・カレ原作、スザンナ・ホワイト監督、ユアン・マクレガー主演の『我らが背きし者』を紹介しています。
 ル・カレ作品は薄暗い部屋で書類を調べたり尋問したりというイメージが強いですが、本作はジェームズ・ボンド並みに国境を跨いで動き続ける逃避行ものです。ユアン・マクレガーが安定的なのに対して共演のステラン・スカルスガルドのアクの強さが効いています。ル・カレ原作といえばアマゾン・プライムのオリジナル・ドラマ「ナイトマネジャー」もおもしろかった。トム・ヒドルストン主演でゴージャス感が強く、オープニング・ロールのヴィジュアル・センスも007的。トムヒは次期ボンドとしても名前が上がっているけれど、もうこれをトムヒ版007としちゃってもいいくらい。いろいろな側面があってル・カレの世界は奥深い。

前号では児童文学のレジェンド、ロアルド・ダール原作、スピルバーグ監督、マーク・ライアンス主演のファンタジー、『BFG:ビッグ・フレンドリー・ジャイアント』を取り上げました。ダールの本といえばチョコレート工場のやつくらいしか読んだことないのだけれど、観ていて、ああ、ダールっぽいなと感じられちゃうのが不思議。本作は字幕もダール小説の邦訳感が出ているので、原作ファンは楽しめるのでは。バートンの『チャーリーとチョコレート工場』にもあの独特の、シャレの効いた字幕欲しかったなあ。
 あと、これを観てつくづく思ったのは、アメリカ人が描くロンドンは本当に可愛らしいなということ。外からの目は大事だね。
 ぼくがドラマ「ダウントン・アビー」でいちばん美人だなと思ってるペネロープ・ウィルトンが英国女王役で、そのまわりを例によってコーギー犬が駆け回っている様子は大変微笑ましい。

 前々号ではサミュエル・ベンシェトリ監督の『アスファルト』について描きました。フランスの団地もので、どんより曇り空の下団地に暮らす人々を描く。外からの灰色の色彩に対して登場人物たちそれぞれの個性の色彩が際立っている印象。イザベル・ユペールかわいい。

2016/10/14

ファッションイラストレーション・ファイル



 更新が遅れましたが、先月末に出た玄光社「ファッションイラストレーション・ファイル 2016」にて、巻頭特集「注目の作家9人」のうちのひとりに入れていただきました。映画レビューが丸ごと読めるレイアウトになっています。「秘密映画館」自体が出版物に載ったのは初めてですね。うちの犬もちゃっかり写真に写ってます(犬猫飼ってるひとがやりがちなプロフィール写真……)。


2016/10/02

Star Wars Fan Consept : First Order Guard


 『ジェダイの帰還』(EP6)で初めて登場した皇帝パルパティーンの衛兵、ロイヤル・ガード。『クローンの攻撃』(EP2)でまだ議長だったパルパティーンのオフィスにすでに姿を見せており、『シスの復讐』(EP3)では皇帝になったばかりの彼を襲撃したヨーダによってあっけなく倒される(当時はてっきり戦うところが見られると思ったのだけれど、壁に頭をぶつけられただけで倒れて動かなくなった)。
 『フォースの覚醒』(EP7)でお馴染み、帝国の後継政権たるファースト・オーダーにも赤い衛兵がいたらいいなと思い創作した。
 最高指導者スノークの衛兵たちの姿は、かつての皇帝のロイヤル・ガードの様式を踏襲していた。共和国時代から帝国時代にかけてロイヤル・ガードの姿は変わらなかったが、ファースト・オーダー・ガードはその伝統的なデザインを引き継ぎながら、ファースト・オーダー・トルーパーたちと同じ現代的な特徴を兼ね備えていた。オーダー・ガードはストームトルーパーのエリートたちが採用され、平均よりも高い身長も要求された。主な装備は帝国時代のロイヤル・ガードが使っていた棒状の格闘武器、フォースパイクの進歩型とブラスター・ライフル。儀仗的と言えど彼らは優れた兵士たちであり、その派手なローブの下には恐怖政治の理想を体現した戦士がいるのだ。しかし、最高指導者への謁見を一方的に要求するカイロ・レンは、融通のきかない彼らに対しフォースの力を行使することが多く、そういう場合には赤い衛兵はやはり黙って立っている飾りでしかなかった。

 

 ファースト・オーダー版のロイヤル・ガードを創作したところで、それなら衛兵におけるキャプテン・ファズマのようなやつもいるのではないかと考えた。
 ファースト・オーダー・ガード・コマンダーはオーダー・ガードの指揮官であり、最高指導者スノークの警護長である。優れたストームトルーパーから採用されるオーダー・ガードの中でも、特に優秀かつ有能な者がコマンダーとなり、最高指導者の安全を保障した。しかし、やはりスノークのより個人的な配下であるレン騎士団の戦士たちの前では単に特別なストームトルーパーでしかなかった。

 EP7にも登場したファースト・オーダーの旗が赤である以上、オーダーのカラーは赤で、その中心かつ頂点にいるスノークの周囲もまた赤い衛兵がいるだろうなと思った。ジョージ・ルーカスは、帝国は白や黒、灰色という暗い色彩で統一されているが、皇帝の周りにだけは力を象徴する赤を配置して効果的な差し色とした。帝国から多くの特徴を継承したファースト・オーダーもまたそうであって自然だろうと思うんだけれど、どうだろうか。
 ローブをスマートにしたかった。ヘルメットもファースト・オーダー的な形で、かつロイヤル・ガードの特徴も残せたと思う。目の部分はEP7にも登場したスノートルーパーと同じ細いスリットに(本当にこれ前見えるんでしょうか)。なによりファースト・オーダーのちょっとダサい感じ(褒めてる)が出せたかな……。名前が悩みどころだった。帝国も皇帝もいないので「ロイヤル」は使えないし、「レッド・ガード」もあくまで通称で正式名称じゃない感じがする。オーダー・ガードでいいんじゃないでしょうかね。

2016/09/30

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ノート(4)


 ティーザーに初めてクレニックが姿を見せたとき、白い制服ということでスローン大提督の代替キャラだと言う反応が多かったような気もするけれど、白い上着に黒いズボンというのは、やっぱり保安局だよなあ。ちなみにその後ディズニーXDのアニメ・シリーズ『反乱者たち』の新シーズンからスローン大提督そのひとが登場することになり(動いてしゃべるスローンが観られるようになったのはとても感慨深いのだけれど、それはまた別の機会に語るとして)、彼が正史入りを果たしたことから、クレニックが正史におけるスローンの代替であるという説は完全に潰された。
さて、帝国保安局(ISB)だ。彼らの主な任務は市民や軍人たちが皇帝に忠実かどうかを監視すること。諜報機関と秘密警察のような性格を併せ持つISBは各地で活発化していた反乱運動に目を光らせるとともに、身内である高官たちも絶え間なく監視していた。EP4のとき、デス・スターにISBのメンバーがある程度派遣されていたが、その真の目的は超兵器の指揮権を握ったことにより力を持ちすぎてしまったターキン総督の監視だった。ターキンはデス・スターによって皇帝をも凌駕する影響力を持ち始めており、それが君主の疑念を買ったのだ。このように白く冷たい制服に身を包んだISB将校たちは身内を見張ることも多く、敵だけなく、味方からも恐れられる存在だったのだ。実に嫌な仕事だね。
 ISBだけでなく、そのライバル機関である帝国情報部の人間もまた白い制服に黒いズボンを着用している。ISBに比べてこちらは作品内での影がだいぶ薄い。設定上でもライバル関係でありながら保安局のほうが情報部より規模を上回っていたとか。とにかく白服はこれらの機関の制服であるというわけだ。
 かりにクレニックが保安局の司令官だったとして、デス・スターと保安局の関係、その機密の重要性などから建造中の要塞で幅をきかせていても変ではない。劇中でクレニックは失脚、あるいはヒーローたちに殺されるかして、ISBの影響力が一旦薄れたところで、あのウィルハフ・ターキンが要塞における権限を掌握する、という形でEP4に繋がっていくのではないだろうか。
 わりといい線行っていると思ったのだけれど、よせばいいのにウーキーペディアなど見てしまい、そこに「クレニックは先進兵器研究部門の長官」などと書いてあってがっくり。「保安局のものに似た白い制服」とまで書いてあるから辛い。本当だろうか?それじゃこれまでのシリーズにおける白い制服との関連性が無いじゃないか。保安局の白い制服を使ってきたと思ったからこそスピンオフ作品として好印象を抱いたのに……。
 ま、まあ、あと2ヶ月半で真相は明らかになるのだから、ああだこうだ言っても仕方が無い。昨年のEP7考察の際にも書いたように、ぼくの考察が見当はずれだったとしても、あとでその見当はずれの予想を読み返すことが楽しかったりもするだろう。というよりそのためにやっているのだ。全然平気、平気だよ。

2016/09/26

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ノート(3)


 まさかこの中にデス・スターの設計図が積まれているということは……ないか。
 たとえば『新たなる希望』でレイア姫は設計図をデータとして「受信」するわけで、すると今作の戦士たちは一体どういう形でそれを「盗んだ」のか気になる。そもそもの設計図がどういう形状だったのかも、今作で初めて明かされるだろう。ぼくらが知っているのは、レイア姫がR2-D2の頭部に差し込むデーターカードのようなものや、ヤヴィンIVの秘密基地でドドンナ将軍がブリーフィングの際にパイロットたちに示す映像(デス・スターのクレーターの位置が実物と違う)、『クローンの攻撃』でドゥークー伯爵がジオノシースから持ち出すホロデータ・パッドくらいのものだ。重要度からしてむやみにネットワーク化されておらず、あえてアナログの形で管理されている可能性もあるし、建造中に参照されるはずの設計図の保管場所をわざわざ定期的に変えていたかもしれない。そうすると、カーゴ・ウォーカーでよいしょよいしょと運んでいても変ではない……なんてことを考えてみたけれど、どうだろうか。
 初代デス・スターの設計図がこれほど重要視されているのに比べて、『ジェダイの帰還』では第二デス・スターの情報はかなりすんなり扱われているよね。あれは皇帝がわざと漏洩させたもので、さらにそれを巡ってボサン・スパイをはじめとする大勢の味方が犠牲になったという言及もあったけれど。さらに昨年の『フォースの覚醒』では設計図とか情報戦とかいうものは一切触れられず、いきなりスターキラー基地の全容がレジスタンスの作戦室に映し出される。一応、グレッグ・グランバーグ演じるスナップ・ウェクスリーが偵察して得た情報を、脱走兵であるフィンが補足するわけだけれど、どうしてあんなに簡単なのか(きっと『ローグ・ワン』を観たあとはより一層スターキラー情報の軽さが際立つだろうな)。
 胴体をちょっとアレンジすることでAT-ATの派生版はいくらでも創作できそう。

2016/09/24

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ノート(2)


 だいぶスローペースでの更新になるけれど、とりあえずメイン・キャラを。マッツ・ミケルセンの役名は「Galen Erso」で、てっきり「ギャレン」かと思われていたが、公式プレスによれば「ゲイリン」だそう(今後表記がブレる可能性もあるけれど)。モン・モスマを加えたのは、彼女がいるだけで途端に旧三部作感とスピンオフ感が増すだけでなく、演じているジュネビーブ・オライリーが、登場シーンは削除されているものの『シスの復讐』(EP3)からの続投だから、特に描いておきたかった。こうして新シリーズがプリクエル三部作の世界観と繋がってくるのは個人的にはうれしいところだ。
 旧三部作からは、最新の予告編においてその後ろ姿だけで多くのファンを興奮させたダース・ヴェイダー(声は旧作同様ジェームズ・アール・ジョーンズ)も登場する上、デス・スターの指揮官となるウィルハフ・ターキンの登場の噂(フルCGによる故ピーター・カッシングの再現?)もある。ただ、オーソン・クレニックの立場と重複する恐れもあるのでそこまで多く登場しないような気もする。
 また、フォレスト・ウィテカー演じるソウ・ゲレラはアニメ・シリーズ『クローン・ウォーズ』にも登場している(フォレスト・ウィテカーとは程遠いヴィジュアルだが)。このキャラクターはスピンオフ作品では大変珍しいことにジョージ・ルーカス本人によって生み出され、チェ・ゲバラをイメージしているとか。今作への登場はそんな特別な誕生背景が影響しているのかもしれない。プリクエルだけでなく、『クローン・ウォーズ』ともリンクするところに、ユニバースの広がりを感じる。
 初めてSWのメイン・キャラクターとなったアジア人として、ドニー・イェンを応援したいところだ。盲目の棒術使いといういかにも東洋的な設定な上、自身にはフォースの素質がないものの、ジェダイとフォースを信仰しているという点は興味深い。ジェダイが登場せず、普通の人々が持てる物だけで戦う今作において、彼らの目にこれまでぼくたちにとって主人公でしかなかったジェダイという存在が、どのように映っているのか。
 こうして描いていて思ったのはヒゲが多いってところ。ちょっとむさい(かっこいいけれど)おじさんたちに囲まれているせいでフェリシティ・ジョーンズがとても際立っちゃうね。


2016/09/16

『ゴーストバスターズ』(2016)



 友人から「『ジャングル・ブック』と『ゴーストバスターズ』の新作は旧作の方(『ジャングル・ブック』に関してはアニメ版)を観てからのほうがいいのか」と聞かれてちょっと悩んだ。
 『ジャングル・ブック』はあとから昔のアニメを観て、その映像の違いを楽しむのも有りだろうし、『ゴーストバスターズ』だって予断無しで観ても楽しいかもしれない。ぼくはどちらも観たことがない彼を非常に恵まれていると思った。「初見の特権」があるからだ。別に韻を踏んでるわけじゃあないのだが、予備知識無しで初めて観たときの衝撃や興奮というのは予備知識無しで初めて観たときにしか味わえない。それはとても尊いもので何人たりとも侵せない特権だ。これだけかつての名作の続編やリメイク作が量産されるところまで来てしまった現代において、当の名作がまだ未見であるということがいかに幸運なことか。『スター・ウォーズ』が未見のひとがうらやましいくらいだ(というのは嘘ななんだ。これだけ積み重ねてきた自分とSWの関係はやはり何物にも代えがたいので)。
 件の友人には「オリジナルを未見のままでも楽しめるけれど、余裕があれば旧作を観といてもいい」と伝えたものの、『ゴーストバスターズ』に関してはまだ少し考えてしまうところがあった。オリジナル作のキャストたちによるカメオ出演である。
 正直とてもカメオとは言えないレベルで際立っていた。ひとりひとり丁寧に見せ場があって、特にビル・マーレイはもはや立派な出演者のひとりである(あれは別格だろうけれど)。で、気になったのはこれをオリジナル未見のひとが観たらどう感じるだろうかというところ。いちいち名も無いタクシー運転手のおじさんにカメラが寄って、ほかの観客が喜びの声をあげたりしていたら、困惑するのではないか(さすがに察するだろうけれど)。本来はもっとさりげない、本当にカメオな登場の方が初見のひとも違和感なく観れるし、ファンは見つけてこっそり喜ぶってことができるから、いいんじゃないかなあと思っちゃうわけだ。カメオ出演だと思わなければいいのかな(ここは土曜の夜のコントに現れたゲストのようなものだと思うのが作品のルーツにも合う)。ともかく初見のひとがあれをどう感じるのかなあと、気になったのよ。
 カメオの是非はそれくらいにして、その登場の仕方は全員ベストでしたね。ここぞというところで現れるのが小憎い。個人的にはアニー・ポッツ目当てだったので、まだかまだかとスクリーンに眼を見張らせていた。ダン・エンクロイドもシガニー・ウィーバーもハマっていたし、アニー・ハドソンも良い役どころだった。故ハロルド・ライミスまでいるのがなんとも(ちなみにオリジナル・キャストの中では一番最初に登場する)。引退してしまったリック・モラニスを除いてちゃんと全員揃ってるところがうれしい。ただ、その圧倒的な存在感ゆえに上で書いたようなことが懸念されちゃうんだけれどね。
 ケイト・マッキノン扮するホルツマン博士はオリジナルでライミスが演じたイーゴンのに相当する、バスターズの装備を開発するポジションなのだけれど、そのヴィジュアルがアニメ・シリーズのイーゴンを意識しているところがマニアックだったな。アニメのイーゴンの髪型、これどうなってんの?て思っていたけれど、実写化するとああなるのね。
 そういったところからも、シリーズへの愛に溢れていたし、今日の映像技術によって再解釈もしてくれる作品になっていたと思う。3D環境で鑑賞すると、まるでディズニーランドのホーンテッド・マンションのような、幽霊アトラクション気分が味わえるし(冒頭が幽霊屋敷で始まるのもその感覚にぴったり)、「半透明で発光するゴースト」というのは3D映像との親和性が高い。新しい映画体験ができるとともに、改めて旧作の良さも際立つという感じ。一作目を久しぶりに観たら、やっぱりアニー・ポッツが可愛かった。

2016/09/11

『スーサイド・スクワッド』(2016)感想


 バットマンの敵が魅力的なのは、宇宙からやってきた異星人だとか、チートパワーを持つ超能力者、ミュータント、北欧神話の神様などとは全然関係なく、基本的に(一概に言えないものの)マフィアやギャング、知能犯、殺人鬼、怪盗、科学者、精神異常者などといった普通の生身の人間だっていうところ。ラーズ・アル・グールやベインといった特殊なやつもいるけれど、もっとも有名なメイン・ヴィランの面々を思い浮かべれば、その趣向が超人揃いのマーベル・コミックとは違うことが明白だろう。そもそも、当のバットマンも財力と知能に支えられた、普通の人間というところがいちばんの魅力と言えるだろう。そうして、同時に彼もまた彼の宿敵たちと一歩間違えれば同類だというところがおもしろい。
 ジョーカーとハーレイ・クイン。まあ簡単に言ってしまえばアンパンマンで言うところのバイキンマンとドキンちゃんみたいなものなのだが、この狂気のカップルが実写映画で再現されるのは個人的に感慨深い。カートゥーン・アーティストのブルース・ティムによって生み出され、その完成度によりアニメーション・シリーズから原作のコミックに逆輸入されたという異色のキャラクター。なによりハーレイのキャラクター性、造形が優れているのは、わりと最近創作されたにも関わらず、あたかも昔からバットマン・コミックに登場していたかのような風格があるところだ。60年代のアダム・ウェスト主演のTVドラマ・シリーズに、シーザー・ロメロが演じるジョーカーの傍に彼女の姿がないことが逆に不思議なくらい。それだけゴッサム・シティの世界観にぴったり馴染むキャラクターだったのだ。
 本作でヴィジュアル的にふたりのツーショットが観られたのには満足で、有名なアートワークなどの構図を丁寧に丁寧に作り込んでいた印象。しかし、その分キャラの中身にやや違和感を覚えた。ストーリーや敵はともかく、とにかくジョーカーとハーレイの描き方には、いろいろ思うところが出てきてしまう。好きだからね。ジョーカーに性的なイメージを持ってくるのも、ハーレイが他人を説教するのも、ありかもしれないけれど、ぼくはあまり好きじゃない。そしてなにより、ハーレイがジョーカーに首ったけなのは当然だが、ジョーカーの方もやや気があるのがちょっとね。実際ジョーカーがハーレイのことを本当はどう思っているかはわからないほうがいいと思う。マーク・ハミルが声を当てるアニメやビデオ・ゲームのジョーカーはハーレイに優しくしたり、と思ったら高いところから突き落としたり、厄介者邪魔者扱いしたり、罵倒したり、良い具合に本心がよくわからない。あの関係がとても良いのだ。その方がジョーカーらしい。そもそも、道化王子が本当に愛している唯一の相手はバットマンでは、と考えてしまうのはぼくだけだろうか?
 ハーレイのデザインについては好みでしかないから文句を言ったって仕方がないけれど、ぼくはコミックやゲームにおいて、彼女がどんどん道化の格好から離れて、道化の頭巾を意識した(?)ツインテールヘアで際どい服装をしたお姉ちゃんになっていったのが結構不満だったので(なんか、グレたアヴリル・ラヴィーンって感じ)、その流れの延長にある今回のデザインはどうしてもね。
 それで、ハーレイのかわりに魅力を感じたのはカレン・フクハラ扮する女侍、カタナ。名前がストレートすぎるものの、ジャパナイズ・キャラには珍しくわりとリアルな特攻服風の衣装が好感を持てるし、ぼくはもともとパーティにひとりだけいるアジア人ががんばるというやつが好きなので(ドラマ『ウォーキング・デッド』のグレンとかが記憶に新しい)、応援したくなっちゃう。唯一のアジア人にして、さらに唯一自分から決死隊に志願した、悪党ではない戦士と来れば応援しないわけがない(「全員悪党!」という宣伝文句に物申したい)。
 シンプルな日の丸お面のデザインも斬新だけれど(日の丸のデザイン性に依るところが大きいが)、あの切れ長な目穴によって彼女の瞳が際立っていることに、観ていて気づいた。瞳の動きによっては白目の面積が広くなって、それがお面の穴から覗いているのでまるでコミックのキャラクターの目のように見えるところがなんともかわいい。それも含めて、向こうの人が好きそうな日本性を体現しているんだな。好き。
 なんだか愛憎入り混じってしまったけれど、やっぱりジョーカーが高笑いしながら暴力を見せつけるシーンにはテンションがあがるし、ジョーカーと、まだ精神科医ハーリーン・クインゼル博士だったときのハーレイがカウンセリングを通じて出会うシーンも観られたのはファンとして素直にうれしかった。コミックの映画化において、なにが正解かはわからない。コミックとしての魅力と映画としての完成度を両立させるのは難しいだろうけれど、どちらかが疎かになってしまってもよくない。ひとつだけ確かなのは、原作すら様々な姿形を持っている作品の映画版となれば、それは神話のようにいろいろな異なるスタイルを持って当然ということだ。この映画もまた、ジョーカーとハーレイを描いたひとつの例と言えるのではないだろうか。さらに、また違ったふたりの可能性にも思いを馳せることができる。
 DCはDCの道を行けばいいのだから、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の真似などしなくてもいい!

2016/09/08

『X-MEN:アポカリプス』(2016)感想


 舞台が1983年という時点ですぐに『ジェダイの帰還』の公開年であると連想しなかったのは、我ながらまったく不覚の至りだった。劇中ではジュビリーやジーンたち、若いミュータントたちが上映中の『スター・ウォーズ』完結篇(まさか33年経っても結局完結していないとは思いもしないだろうな)を観に行くが、鑑賞後にジュビリーが前作『帝国の逆襲』('80)に比べるといまひとつだったと漏らす。それを受けたジーン・グレイの発言はイラスト記事にある通り。ジーンの発言そのものはイウォークもジャバ・ザ・ハットも大好きなぼくにとってはいただけないものの、X-MEN映画の前シリーズ三作目『ファイナル・ディシジョン』('06)に対するブライアン・シンガーなりの皮肉だったり、あるいは本作『アポカリプス』そのものに対する開き直りとも取れる。いずれにせよ、このくだりの時点で観客であるぼくの気分もなんとなくジュビリーたちにシンクロしはじめていた。どうしたって前作『フューチャー&パスト』('14)と同じもの、あるいはそれ以上を期待しちゃうよね。しょうがない。病気みたいなものだ。
 三部作の中間作として『帝国の逆襲』が名作であるように、『フューチャー&パスト』も全体の真ん中に位置したジョイントしての役割を果たし、そのトリッキーな展開にはとても驚かされ、とても楽しかった。だから同じテンションのものを期待しがちなのだが、そこは『ジェダイ〜』に『帝国〜』を期待したジュビリーと同じ「過ち」というやつだ。あくまで「転」は中間に位置する作品の役割であって完結篇の役割ではない。最終章に求められるのはもっとストレートな展開と、大団円だろうと思う。このことを考慮すると、本作は本作なりの色があったなあと思えてくる。ただ、とにかくぼくは『F&P』が好きすぎたんだな。こればかりはしょうがない。
 それから思い描いていたのと少し違ったのは、時代感だろうか。新シリーズではこれまで60年代、70年代と魅力的で同時に不穏な時代を再現してきた。それぞれの時代の色彩、ヒストリカル・イベント(キューバ危機やベトナム戦争は大きな要素だった)が物語を補強していたのだが、今回はそれがちょっと薄い。『ジェダイ〜』と、あとは『パックマン』のゲームくらいだろうか。ジュビリーのファッションもそれっぽいが、彼女はいつの時代もああいう格好のような気もする。ブライアン・シンガーが別に80年代に思い入れがないとか?アポカリプス降臨というストーリー上、史実的事件は特に必要ないのだけれどね。
スタン・リーのシーンは、スタン・リーであることを生かしていてとても良かった。彼のトレードマークであるサングラスがこういうふうに効果的に使われるとは、想像もしなかった。

2016/09/01

『 FRAPBOIS × MIZMARU LIVE PAINTING』


 9月10日(土)に原宿・表参道・青山一帯で開催される『VOGUE JAPAN FASHION'S NIGHT OUT 2016』では、コラボ中のFRAPBOIS青山店にてライブペインティングを行います。お買い上げいただいたお客さまのショップバッグに簡単なドローイングもさせていただきます。ドリンクもサービスしていただけるそうです。ぜひお越しください。 

『 FRAPBOIS × MIZMARU LIVE PAINTING』 
期間:2016年9月10日(土)18:00~21:00 
場所:FRAPBOIS青山店 東京都港区南青山5-3-10 フロムファーストG 
TEL:03-5464-9198

2016/08/26

“The Another Rescue"


“The Another Rescue” 
- STAR WARS : THE FORCE AWAKENS [2015]

 実際にないシーンの妄想なので、『フォースの覚醒』タイトルをキャプションしていいのかどうかよくわからないけれど、まあいいでしょう。
 最高指導者から「カイロ・レンを連れて脱出しろ」と直々に命じられたからには、ハックス将軍自ら救出に向かうはず。『シスの復讐』('05)で火山惑星ムスタファーまで四肢を無くして大火傷したアナキンを助け出しに行った皇帝の図と、なんとなく重なる(皇帝の方は大事な所有物を回収に行ったという感が強いが)。
ハズブロ社製6インチ・フィギュアのスノートルーパーがお気に入りなので、見ながら描いた。フィギュアはこの上ない資料になる。ハックスのフィギュアも持っているので細部はもちろん、立体でとらえることにより正しい形状が把握でき、それだけで絵に説得力が出る気がする。と、フィギュア購入を正当化してみる。でも、絵に描きたいと思ったキャラクターは、立体を持っていたほうがいいと思う。
 アダム・ドライバーの素顔付きのカイロ・レンを持っていないので、欲しいのだけれど、今年ロンドンで開催されたスター・ウォーズ・セレブレーション・ヨーロッパで限定販売されたそう。素顔とマスク、ヴェイダーおじいちゃんの溶けたマスク、ファースト・オーダー軍旗といったものが付属。どうにかこれ手に入れられないかなあ。

2016/08/22

『シン・ゴジラ』(2016)感想


 ゴジラが現れた。しかしSFチックな秘密兵器は無いし、光の巨人も人型兵器も戦闘ロボもいない。あるのは現代科学と知恵、それから膨大な役所的手続きに会議、諸々の物資に姿を変えた税金くらい。本作はその全てを駆使して巨大不明生物(あくまで巨大不明生物。カイジュウという言葉は明らかに意図的に使われていない)、ゴジラを倒すプロジェクト・ドキュメンタリーでもある。そこも同時代人であるぼくたちを引き込む理由だろう。庵野監督の代表作にして今や代名詞でもある『ヱヴァンゲリヲン』シリーズ同様の縦長の明朝体によるテロップの多用もまた、単にエヴァ的であるだけでなく、ドキュメンタリー・タッチのディティールのひとつ(ディティールという言葉もまた本作を表すキーワードのひとつに違いない)。ある目的に向かって皆で力を合わせてプロジェクトを進める感じ、最近だと『オデッセイ』('15)もそうだった。皆で力を合わせてがんばるというのは普遍的な魅力とパワーがあるんだね。
 ドキュメンタリー・タッチに説得力をもたせているのはやはりそれだけ細部までリアルに描いているからだろう。特に今作は政府中枢の視点で物語が進み、その極めて専門的な場での言葉のやり取り、出来事への対応などは、実際の官公庁や政治家達に取材を重ねて徹底して考証しただけあって非常に現実的。そして、そのリアルさはぼくたちが2011年の春にテレビを通して見た光景に自然と重なっていく(青い防災服が象徴的だ)。
 政府中枢の会議や駆け引きがストーリーの中核を成している、という点でぼくは『博士の異常な愛情』('64)や『日本のいちばん長い日』('67、'15)を連想した。なんとなく通じるものはあるのではないかなあと思っていたら、今作のキーパーソンである牧五郎元教授役(写真のみの登場)が67年版『日本のいちばん長い日』の監督岡本喜八であった。第1作『ゴジラ』('54)の直系的コンセプトを持ちながら、日本の未来を決する政治シーンは『日本のいちばん長い日』にも通じる。さらに言えば昨年公開の15年版ではヴェラ・リンの『We'll Meet Again』が印象的に流れるが、この曲は『博士の異常な愛情』のテーマ曲でもある。ここに会議映画(なんか乱暴なくくり方だが)として3作(厳密には4作か)が繋がっていくように感じる。
 音楽と言えば、エヴァでお馴染みの(新劇場版シリーズにおいてはだいぶ重厚感と壮大さを増してきた)鷺巣音楽がゴジラとの融合を果たしていて、それがとても合っている。劇中には伊福部昭のゴジラ音楽原曲も使用されているが、こちらとも自然と合わさっている。ぼくはまったく音楽について鈍感なので、エンドロールのクレジットを見るまで、劇中で流れたお馴染みのゴジラ音楽が過去の原曲使用と思わなかったのだけれど、それくらい自然とはまっていた。
 それで、肝心なゴジラはと言うと、これはもうとても驚く仕掛けがあって多くのひとが騙されてしまうのではないだろうか。ゴジラというキャラクターのデザインが作品に対する知識の有無に関わらずアイコンとしてよく知られていることを逆手に取ったトリックで、これは本作の重要なポイントのひとつなのであえて説明しないでおきたい。ただし、それにも関わらず関連グッズに使われている名称などからその展開が安易に予想できてしまうことが非常にもったいない。もちろん、仕掛けについてわかっている上で観てもインパクトがあるし楽しいと思う。
 ゴジラが最も大きな破壊と絶望をもたらす最高潮のくだりは、音楽の悲壮さも手伝ってこの不遇な生き物の悲痛と怒り、それが体現する自然界の強大さと放射能の恐怖とそれを生んだ人間の愚かさといったものが、その大きく裂けた口から吐き出される放射熱線とともにぼくらの頭に降り注いでくる。それはまさに畏敬の念を抱かずにはいられない姿だ。けれど、同時にゴジラは人類に可能性をもたらす福音(ヱヴァンゲリヲン!)でもあった。長谷川博己演じる矢口蘭堂が人類はゴジラと共存しなくてはならないと考え至るのも、放射能との付き合い方、自然界との付き合い方そのものに通じていくのだと思う。
 ところで、ほんの5年前の大地震がこうしてエンターテインメント作品のテーマに取り込まれる時点まで来てしまった。災害だけではない。携帯電話の進化によりインターネットが完全に人々の生活の一部になり、SNSや動画共有サイトにより報道の形が変わりはじめた様子や、有事法制の整備についてまわる議論というような要素もふんだんに盛り込まれている。まさに今日の日本(というより東京だが)をストレートに描いていて、かつ昨日までのことが史実として感じられるつくりだ。シュテファン・ツヴァイクではないが、まさに歴史とは「昨日の世界」のことだ言える。1954年に水爆の恐怖を体現するゴジラを目撃した人々同様、ぼくたちも歴史の中を生きているのだ。

2016/08/19

個展『THE ART OF FRAPBOIS × MIZMARU』



 現在ファッション・ブランドFRAPBOISとのコラボ中です。そのコラボに関連した原画展を開催させていただくことになりました。洋服の絵柄を基にした原画を中心に展示・販売します。9月3日(土)から10月23日(日)までと長めですので、よければぜひ。中目黒店は空間の広い店舗ですので、珍しく大きめの絵を描いています。

『THE ART OF FRAPBOIS × MIZMARU』
期間:2016年9月3日(土)〜10月23日(日)11:00〜20:00(定休無し)
場所:FRAPBOIS中目黒店
   東京都目黒区青葉台1-19-14 1F
         TEL:03-5784-0258

2016/08/16

"R2, don't leave me!"


 「お悔やみ申し上げます」とか「ご冥福をお祈りします」とかいう言葉は、ひとが旅立ったときに口にするものだけれど、正直ぼくはこういう特定の事象が起こった際に決まった言葉をオートマティックに口にするということに抵抗がある。きっとそれはぼくに一般常識が備わっていないのと、持ち前の天邪鬼な性格のせいかもしれないのだけれど、こういうオートマ言葉は自動的ゆえに言葉の中身があまり意識できないと思うんだよね。と、まあひねくれた話は置いておいて、「R2-D2だったひと」が亡くなったと聞いて、ぼくは真っ先に「R2, don't leave me!」という、『ジェダイの帰還』('83)でC-3POが発する台詞が思い浮べた。
 ケニー・ベイカーのことを「R2-D2だったひと」と認知してしまっていること自体、彼に対して誠実かどうかわからない。コメディアンとして頭角を出し始め、演技も認められつつあった彼は、若き映画監督に大金を積まれたためにその後の人生をこの金属のドラム缶の中に閉じ込められてしまった。もちろん銀河一優秀なアストロメク・ドロイドは彼のおかげで命を吹き込まれ(低身長なだけでなく、内部からドーム型頭部を動かすことに力が必要だったことも彼の起用の理由)ミッキー・マウスと肩を並べる(文字通り肩を並べている)アイコニックなキャラクターとなった。その中に入ったことに意義はある。けれど、彼の俳優としての人生のことを思うと、複雑である。
 彼の訃報と同時に彼R2-D2だった彼と、C-3POだったアンソニー・ダニエルズが不仲であったことを知った。ファンの間では常識に近いほど有名な話だったらしいが、知らなかった。いや、もしかしたら自分に都合の悪い情報としてシャットアウト、あるいはスルーしていた可能性もあるのだけれど、とりあえず事実として認識したのは訃報の際に友達から聞いてから。ああ、知りたくなかったなあ。最初は「三船敏郎がダース・ヴェイダーをやるはずだった」とかいうのと同じくらい、つまらないガセネタ都市伝説かと思っていたが、いろいろ読む限り本当らしいところが余計ショックで参ってしまった。
 R2は作を追うごとに特撮技術が進んだために、途中からひとが中に入らなくても動かせるようになってしまう(そもそもこのこと自体不憫に思えてならない。自分である必要があったから演じていたのに、その必要がなくなってしまうのだから)。ところが相棒のC-3POは一作目から昨年の最新作まで全作を通してトニー・ダニエルズが動きづらく視界の悪いロボット・スーツを着て演じている。ベイカーからすれば、キャラクターをずっと自分で演じることができているダニエルズが羨ましかっただろうし、ダニエルズからすれば自分のような苦労をしなくともコンビの片割れを演じた俳優として扱われているベイカーが気に入らなかったかもしれない(演じ方がどうであれ、2体のドロイドはワンセットで数えられるのだから)。でもダニエルズからすれば、ベイカー以外の役者との関係だってストレスに感じていたかもしれない。見た目は金色に輝く美術的フォルムであっても内部は劣悪、自分以外は誰もそんな環境で演技していないと思うと、誰だって陽気にはなれない。ダニエルズはベイカーにだけ冷たかったわけではなかったのかも。と、こんなことはぼくが心配するようなことではないのだけれど。実際にどうであったかはわからないのだから、知ったようなことを書くつもりもないしね。
 けれど、やはりこうしたアイコニックなキャラクターの、スーツアクターをやるというのは大変なことだ。俳優でありながら顔を出せない葛藤、一生(あるいは死後も)つきまとってしまうキャラクターの影、共演者たちとの確執‥‥‥。映画は楽しいし、キャラクターは愛らしい。だがその背景を知ると、「R2, don't leave me!」という気持ちは強いものの、R2ではなく、ケニー・ベイカーというひとりの人間として送り出さなければいけないと感じずにはいられない。さようなら、ケニー・ベイカー。
 

2016/08/06

「PRESIDENT WOMAN」9月号の特集カット


 本日発売の「PRESIDENT WOMAN」9月号、特集「イヤな仕事も大スキになる!魔法の自己暗示」にイラスト描かせていただきました。表紙には本と映画の特集が際立っていますが、お手伝いしたのは職場の苦手を克服するアイデアに関する特集になっております。




 最近点数の多いカットはデジタル描画でやっていましたが、今回は水彩着色です。デジタルだと線の強さや色のぱきっとした感じが際立つのが綺麗ですが、水彩だとやはり誌面で見たときに、紙との相性がよいですね。
 
 そういえば、藤子・F・不二雄の大人向け短編でサラリーマンが主役の話が結構あるのだけれど、オフィスでのシーンとか、やり取りとかがすごくリアルな感じがしたのが印象的だった。会社勤めの経験がないぼくがリアルに感じるというのもおかしな話なのだが、当のF氏も会社勤めをしていないので(ほんの一瞬就職したが3日でやめたとか)そう感じさせるのがすごい。ここに、「会社を知らないひとが描いた漫画を読んで、会社という世界を垣間見る会社を知らないひと」という妙な構図が生まれる……。
 やっぱりそれは優れた洞察力や観察眼、リサーチの賜物なんだろうなあと思う。本来自分が知らないはずの世界をリアルに描写できたら漫画家のみならず、イラストレーター、絵を描く人間としては最強ではないか。とりあえず、世のOLさん(この呼び方いい加減やめない?)の服装というのを、さらっと自然に描けるようになりたい。
 もちろん伝えたいことや主な目的によっては、リアルさは二の次になることもある。『サザエさん』のマスオさんと穴子さんのオフィスでのシーンは、前から「こいつら一体なんの仕事してるんだ?」と思わせるくらい適当である。仲良く机を並べておしゃべりし(手にペンを持って紙になにか書いているようには見えるのだが……)、お昼ご飯を仲良く食べて、定時に退社してやはり仲良く飲んでくる。なんてお気楽なんだろう。サザエさんやおフネさんたち主婦の日々に比べるとまったく中身がないと思っていたのだけれど、あとで長谷川家が女系家族だったことを知ってちょっと納得した。サラリーマンの仕事についてもとよりリアリティがないというか、あのマスオさんと穴子さんのシーン以上のイメージがないんだな。そのかわり、編集者という比較的漫画家に近いところで働くノリスケさんの仕事についてはかなり具体性を持って描かれている。いろいろなことについてのイメージの引き出しが多い方がいいのはもちろんだけれど、ああやって作者自身の興味の度合いが推し量れるのもおもしろいんだよね。そのひとのパーソナリティが反映されることで作品の枠を出て、逆に現実感のある奥行きが生まれることもあるということか。

2016/07/30

FRAPBOIS×MIZMARU 9月以降の展開


 洋服の図案でコラボレーションさせていただいているFRAPBOISの新作展示会にお邪魔してきました。すでに先行して販売されたTシャツが大変ご好評いただいてますが、写真のようにずらっと新しいコラボ商品も展開していきます。



 今月発売されたのは、FRAPBOIS ZOOでおなじみのクマのキャラクター「ベアチャン」とぼくが個人的に好きな動物(あと恐竜)たちがコラボしたTシャツでしたが、9月は昆虫の絵柄でトレーナーや長袖Tシャツが登場します。「飛び柄でいろいろなやつを描く」というのはとても楽しいです。


 別バージョンではてんとう虫だけ色がついていますが、よく見ると赤いところはモコモコ生地という凝ったつくりに!

 この昆虫柄トレーナーは、すでにZOZOTOWNにて先行予約受付しています。
http://zozo.jp/shop/frapbois/goods/12822579/?did=28824334&rid=267718


  長袖のTシャツは、胸のポケットの上あたりという絶妙な位置に、刺繍ワンポイントです。蝶はポケットから飛び出してるように見えるし、てんとう虫はポケットに飛び込もうとしてるように見えたりするのがおもしろいですね。


 こちらは10月展開予定の犬柄シャツ。普通のブラウスタイプと、裾が長いシャツワンピタイプの二種。小さいですが、ぼくが描いた柄が全て刺繍で再現されています。黄色いのがコーギー、緑色はシェパード、ピンクがプードルで水色がプーリーです。もはや犬無しでは生きられなくなったぼくですが、今回はかなり犬を描きました。

 ZOZOTOWNにて先行予約受付中です。
 シャツワンピタイプ:


 トレーナーワンピ(左)とニット(右)。どちらもコーギーの柄となっています。


 これも線がニットで再現されていますね。普通のイラストが、こうして布と糸によって置き換えられるのはとてもおもしろいです。


 やはりこういう細かいディティール部分はうれしくなります。
 

 骨タグ付き。


 トレーナーワンピは脇腹にかけて付けられたポケットをコーギーがくぐっています。これは原画がそのままプリントされています。反対側からお尻が出ているのがたまりません。絵柄を描いたときはこんな配置まったく思いもしなかったので、とても新鮮で気に入っています。フードの紐がリボンになってるのも洒落てますね。

 ZOZOTOWNにて先行予約受付中:
http://zozo.jp/shop/frapbois/goods/12824541/?did=28832268&rid=267718

 FRAPBOIS × MIZMARU、ぜひお楽しみください!

2016/07/24

SPUR映画レビュー第6回『ジャングル・ブック』


 「SPUR」9月号の映画レビュー連載では、ディズニーとジョン・ファヴロー監督最新作『ジャングル・ブック』を紹介しています。主人公の少年モーグリ以外全てCGと宣伝されているくらいそのデジタル映像に見応えがありますが、個人的には1967年のアニメ版がどうアップグレードされているかに注目してしまいます。CGがリアルなのはもう当たり前だからね。その本物同然の存在感ある映像でいかに原作小説や旧アニメ版の世界をおさえているかがポイントだと思います。
黒ヒョウのバギーラにベン・キングズレー、クマのバルーにビル・マーレイ、トラのシア・カーンにイドリス・エルバ、大蛇カーにスカーレット・ヨハンソンと、アイコン的な動物キャラクターたちが豪華キャストによって命を吹き込まれているほか、アニメ版では陽気に歌って踊るオランウータンだったキング・ルーイが、クリストファー・ウォーケンの恐ろしげな顔と声で巨大なギガントピテクスに変貌しているのもおもしろいです。

2016/07/17

『ブルックリン』感想


 家を出て上京したひとなら「実家に帰省したら食卓でお客さん用の箸を出された」ことやそれに似たような経験はあると思う。都会の忙しい日々に疲れて帰省し、最初の二日くらいは楽しいのだけれど、何日か滞在しているうちに飽きてきて(自転車を20分くらい漕がないと最寄りのコンビニにも行けない)そうこうするうちになににうんざりして地元を飛び出すに至ったのかを改めて思い知り、やがてはまた東京に"帰る"ことに……。本作の物語をそんな経験と比べてしまうとさすがににべもない上にだいぶスケールダウンするのだけれど、その根底には同じものようなものがあると思う。故郷に戻れば確かに安心する。けれど、一度旅立ってしまった身としては、また出ていかなければならないのだ。別の場所に帰るところをつくってしまったのだから。
 アイルランドとニューヨークで、まったく同じ時代に見えないほどの差があり、アイルランドでの描写はややカメラが揺れているようにも感じられたりして、言い知れぬ閉塞感や不安を覚えたりするのだけれど、緑色の調度品ばかりなところは普通にかわいい。雑貨屋のいじわるばあさん(ブリッド・ブレナン)の部屋も緑が多くてかわいいのだ。けれど、シアーシャ・ローナン演じる主人公にとって緑色は懐かしさであると同時に呪いでもあるんだろうな。初めてニューヨークに渡る際に着ていた少々野暮ったく重たそうなグリーンのコートも、都会に染まるにつれて脱皮するかのように脱いでしまう。着ている服の色がキャラクターやそのバックグラウンドを象徴しているという効果は好きだ。『アデル、ブルーは熱い色』('13)を取り上げたときにも登場人物たちの服の色の変化について触れたと思う(該当記事)。
 ドーナル・グリーソンがまた出ている。観るもの観るものに出ている気がする。ジュリー・ウォルターズも出ているのだけれど、『ハリー・ポッター』シリーズのウィーズリー親子が揃ったね。劇中でふたりが顔を合わせることはないけれど。ハリポタで言えばジム・ブロードベントも(スラグホーン先生)。ハリポタ世代なためかアイルランド&イギリス組は見ていて安心する。
 アイルランドものということで、公開中の映画『シング・ストリート』と合わせて観たい。どちらも不況の閉塞感に満ちた故郷から飛び出す話と言えるし(かたや50年代、かたや80年代なのにどちらも同じ時代に見えてしまうのは、それだけ不況が時間を停滞させてしまうということなのだろうか……)。『シング・ストリート』については「SPUR」8月号で紹介中。

 

2016/07/06

『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』ノート:1


 CGアニメによる劇場版『クローン・ウォーズ』('08)を除けば、初のスピンオフ映画となる。ぼくがこれほどまでに『スター・ウォーズ』にのめりこんだのも、もとはと言えば小説やコミックからなるスピンオフ群が、大変奥行きのある拡張世界を形成していたからだ。そこには映画には描かれていない、けれど映画の世界観を補完するたくさんの「背景」があった。映画劇中では通行人に過ぎないエイリアンにも名前と物語があった。それは現実世界と同じだ。道行くひと全てに人生がある。膨大なスピンオフによって築かれたこの小宇宙はそれを再現しているかのようだった。だから、スピンオフを映像で、実写で観せてくれる『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』は個人的にとても楽しみだ。
 基本的な情報は図に書かれている通り。さらに最新の情報を加えるとすれば、この7月から大掛かりな「撮り直し」が始められたという。ギャレス・エドワーズ監督が今作を「本格的な戦争映画として仕上げたい」と公言していたことから、あまりにも戦争映画過ぎたのでSWらしいユーモアを追加するための再撮影だという噂も。ぼくとしては、せっかくのスピンオフなのだから普段のSWにはないものを観たいので、戦争映画的側面を強くしていても全然構わないのだけれど、バランスとは難しいよな。。。
 今作は『エピソード3:シスの復讐』にてジェダイたちのほとんどが皇帝によって粛清されてしまった後、『エピソード4:新たなる希望』の少し前の時代が舞台。オビ=ワンもヨーダも隠居中だし、新たなる希望であるルークもまだ自分が何者かに気づいてはいないので、ジェダイ不在の世界だ。ジェダイが登場しない初めてのSW映画ということになる。
 ぼくはジェダイの騎士にそこまで魅力を感じられないタイプなので(SWのアイコンとしての存在はもちろん認められる)、普通の人間たちがジェダイ抜きで戦うというコンセプトにはめちゃくちゃ惹かれてしまう。というか、本来銀河系の大半の人々はそうやって生きているわけで、彼らの物語がやっと観られるかと思うとうれしくなる。それにそういう物語があったほうが、シリーズ全体としてジェダイの存在がより神話性を帯びるのではないかなあ。
 メイン・キャラクターや新しいストームトルーパーについてもいろいろ情報が出ているのでまたちょくちょくまとめます。

『ヤング・アダルトU.S.A.』オリジナル・サウンドトラック発売!


 7月4日のアメリカ独立記念日はいかがお過ごしでしたでしょうか。
 昨年DU BOOKSより発売された長谷川町蔵さんと山崎まどかさんの共著『ヤング・アダルト U.S.A.』のオリジナル・サウンドトラックが、本日ユニバーサルミュージックからリリースとなりました。


 書籍のサントラとは、どういうことかと言えば、本書に登場する楽曲が20曲が収録されているのです。本書と同じく著者おふたりの対談形式ライナーもあり、ぼくのイラストもジャケットはじめあちこちに使われております。ちなみにCDのジャケットに絵が使われたのは初めてです。


 なんと盤面にも使われています。黄色いディスク、めちゃくちゃ良いですね。


 この夏のBGMはYAUSAサントラで決まり!


2016/07/01

『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』監督&キャスト来日会見


 とても緊張したけれどちゃんと質問できました。ジェフ博士、みんなをおもしろがらせようとずっとおどけていて、良い人そうだった(リアムの太もも触ってた)。今作のエイリアンについて説明してくれたけれど、彼自身クリーチャーに縁があるよね。クリーチャー博士だね。
 ちなみにハエ男ハエ男書いたけれど、彼の役で一番好きなのは『グランド・ブダペスト・ホテル』の弁護士コヴァックスだな。愛猫を目の前で殺された上に手の指もがれちゃう不憫なキャラクター。コヴァックスの事務所の机の上の書類の山はたまらん。
もともとエメリッヒ監督は『インデペンデンス・デイ』('96)の続編については、ひとから、作らないの?と聞かれるたびに作らん作らんと言ってたらしいのだけれど、『2012』('09)を撮ったときに映像技術の進歩を目の当たりして、これなら作ってもいいかも。。。と思ったのだそう。今回の『〜リサージェンス』の着想は「今度はエイリアンたちの巨大な母船が直にやってきたらどうなるだろう、それだけ巨大なら船自体にも重力があるのでは?」という考えにあるそう。アジア大陸を吸い上げてヨーロッパに落っことしたら、というとんでもなくデストロイヤーなことを思いついたとか。。。
 それにしても男性陣みんな同じような茶色い靴だったけれど、流行ってるのかな。監督とマイカ、後ろ姿でごめんなさい。


 東京上空に宇宙船が!
窓に映した映像もよく出来ているのだけれど、音も迫力があって、床が振動していたので高所恐怖症のぼく(監督もそうらしい)としてはかなりおっかなかった。展望デッキフロア350では7月31日まで特別映像が流れているそう。


 というかぼく、これが初スカイツリーだったんだな。東京タワーがめちゃくちゃ怖かったので(江ノ島の展望台ですら怖かったくらいだ)、スカイツリーなんて絶対無理だと思っていたのだけれど、これだけ高いと対抗する高さのものがほかにないので、外の景色が平面に見えてきて、ほら、飛行機乗っているときと同じ感じ?高いところっていうレベルじゃ、ないんだな。だから案外平気だった(夜だったというのもあると思うけれど)。

『インデペンデンス・デイ:リサージェンス』は7月9日より公開。