2016/03/25

営業報告:KDDI特設サイト「おもいでタイムライン」



 携帯電話誕生30周年を記念して、KDDIの情報マガジン「TIME&SPACE (タイムアンドスペース)」にて公開された新コンテンツ、「おもいでタイムライン」のイラストカットを担当させていただきました。中央のメインイラストはイラストレーター・Noritakeさんです。
 携帯電話が歴史に登場してから30年の間にどのような進化をたどったのか、当時起こった印象的な出来事とともに振り返る内容になっております。自分がかつて使っていた機種は一体どんな時代に発売されたものか、一目でわかるつくりになっているので楽しいです。

・「おもいでタイムライン」:http://time-space.kddi.com/omoide/

「スティーブ・ジョブズ」(2015)感想


 基本的に「娘との関係」を軸にシンプルな展開なのだけれど、ウォルター・アイザックソンによる伝記で特に大事なところもちゃんと拾われていて、うまくまとめられているのが良い。実の父親とひそかに会っていたり(父親はジョブズが息子だとは知らないというのがまたすごい話なのだが)、共同創業者ウォズニアック(セス・ローゲンがすごくはまってる)との確執といったおなじみのネタがバランスよく盛り込まれている。自身がペプシから引き抜いて社長に雇ったジョン・スカリーからアップルを追われてしまうといったエピソードも印象的なのだけれど、とにかくそういったいろいろな出来事が綺麗に包括されていて、「娘」という線で一本につながっているように見える。いろいろな要素が盛り込まれながらも、視点のばらけというか、詰め込み過ぎな印象は全然無いのだ。点と点がやがて線でつながるという話もジョブズが生前繰り返して語ったことで(いろいろな経験が線でつながっていずれ役に立つとか確かそんな話だったと思う)、彼の人生もまた複雑そうで波乱に満ちているように見えながらも、実はシンプルな線でつながっていたわけだ。
 実はジョブズよりジョン・スカリーという人物のほうが興味があったのだけれど、この役は「オデッセイ」でNASA長官役だったジェフ・ダニエルズが演じている。「オデッセイ」と「ジョブズ」は続けて観たのだけれど、どちらの役も堅実そうな中年のおじさんという感じで好き。スカリーはジョブズから「一生砂糖水を売って生きるのか?」というまたおなじみの挑発的な言葉でアップルに誘われたらしいのだけれど、大きなお世話だよね。砂糖水に人生捧げたって、ぼくは良いと思うけれど。美味しいし。

2016/03/24

「オデッセイ」(2015)感想


 マーベル的なノリの良さが感じられると思う。「キャプテン・アメリカ:ウィンター・ソルジャー」(14)のセバスチャン・スタンや「アントマン」(15)のマイケル・ペーニャ、「ファンタスティック・フォー」(15)のケイト・マーラといったマーベル映画組の出演もどこかコミック感を補強しているのかもしれない(マット・デイモンも顔が漫画っぽいし)。
 キャラクターが登場するたびにそのひとの名前や肩書きなどのテロップが登場したり、その人物がなにかを話す構図などもまるでドキュメンタリー番組を観ているかのようで、ワトニーが火星で動画日誌を記録する際の「観客に語りかけている」ような演出もそこを強く意識しているように感じる。コミック感とドキュメンタリー感がうまくマッチして、ワクワク楽しいリアリティ番組のように仕上がっていると思う。
 往年のヒット曲が挿入されているところも、「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」(14)のときに感じたようなテンションで元気が出る。ぼくは元来音楽のことが全然わからないので、こうやって映画のVAサントラを通して楽曲について知るということが多い。今回はデヴィッド・ボウイの「Starman」やグローリア・ゲイナーの「I Will Survive」など、改めて良いなあと思った。

2016/03/23

レオナルド・ディカプリオ来日記者会見


 昨日はアカデミー主演女優賞を獲ったブリー・ラーソンを見に行ったけれど、今日は主演男優賞のディカプリオの会見に行きました。本物のグレート・ギャツビーが見れてうれしいです(今作で彼を陥れるトム・ハーディ演じる悪役の名前が「フィッツジェラルド」なのがちょっとおもしろい)。

2016/03/22

ブリー・ラーソン&ジェイコブ・トレンブレイ来日記者会見


 4月8日公開の映画「ルーム」の主演ふたりによる来日記者会見にお誘いいただいたので、行ってきました。こういう催しに行くのは初めてで、とても楽しかったです。映画もとても良い作品だったので、間近でふたりを見られて感激でした。
 ジェイコブくんといえば、アカデミー賞授賞式で「スター・ウォーズ」のドロイドたちが現れたとき子供らしく身を乗り出して見入っていた姿が印象的でした。
 やっぱり目にした光景を思い出して絵にするのは楽しい。

2016/03/10

営業報告:「買い物とわたし」発売


 文春文庫より、山内マリコさんの「買い物とわたし 〜お伊勢丹より愛をこめて〜」が発売されました。いざ書店で新刊として平積みされているのを見ると感慨深かったです。毎度のことですが、ぼくが部屋の机の上でせっせと描いていたものが、こうしてたくさん印刷されてたくさんの人の手に渡ると思うと、なんだか不思議な気持ちです。
 文庫本でフルカラーイラストを収録した買い物エッセイ集というのも珍しいそうなので、ぜひお手に取っていただければと思います。


2016/03/06

都会生活4年目を迎えて

 東京で暮らして丸4年が経った。実家を出てからは6年となる。
 同調圧力によって押し潰されそうになる閉塞的な田舎から飛び出して、魅力的な都会で暮らすことを望んでいた地方ティーンエイジャーは、実際に上京してみてあることに気づいた。確かに都会は魅力的な人間と物に溢れ、はちきれんばかりの情報量で異様な輝きを放っているが、それはただ単に人数と物量が膨大だというだけの話で、そこには良識あるひととずいぶん心ないひとと、少し変なひとがごった返していて、物にしたって安物から高級品、まったく無駄なものから有意義なものまで掃いて捨てるほど溢れ、日々代謝を繰り返している。だから都会にはおもしろいひとやおもしろい物がたくさんあるのは確かだろうけれど、同時に不快なものも同じくらい、もしかしたらそれ以上溢れていると思う。
 結局のところ膨大な物量を除けば田舎とそんなに変わらない。都会とはデカい田舎のことだ。前述した同調圧力とか、閉塞感みたいなものは地方特有のものではなく、都会の根底にもあって、むしろ地方のそれよりもずっと強いと思う。ただ、ひとが多いので、いろいろなひとがいろいろなスタイルを選択できる余地があるというわけ。はっきり言って、ここは変なひとが多すぎる。どんなひとが変かというのはあえて書かないけれど、まあなんとなくわかってもらえるんじゃないかな。魅力的なひとがたくさん集まってくるということは、わけのわからないひともたくさん集まってくるというわけさ。都会の特徴とはひとの多さに尽きる。
 別に東京がどうのこうの言っているわけではない。我々地方出身者はしばしば忘れがちになってしまうけれど、当然ながら東京が故郷であるひともいるのだ。だから別にひとの生まれ育った街についてどうのこうのケチをつけるつもりは全然ない。よく安直な田舎者が「東京は冷たい」などと言うのも一体なにを期待しているんだかと思う。この街で自分は部外者なのだ、余所者なのだということをちゃんと自覚できておらず、訪ねれば無条件で歓迎されるとでも思っているのかもしれない。少なくとも他人さまの住んでいる領域に自分の意思で外からやってきたのだということを自覚していれば、自分がうまくやれないのを東京のせいにはできないと思う。まあ、そうしたくなる気持ちは確かにあるけれどね。でもそれをやっちゃうともう負けを認めることになっちゃうというか(なにと闘ってるんだかわからないが)、「ぼくさきに帰るね」という宣言になっちゃうので、気をつけないといけない。なんにせよぼくはここで暮らしたいと思った。
 ぼくは外からやってきた身で良かったなとも思う。両親はふたりとも東京出身だが、子どもの頃からしきりに「なんでこのひとたちはぼくをわざわざこんな田舎で産んだのだろう、都会にいてくれればきっともっと楽しいのにな」と思っていた。けれど、実際に上京したら、両親の選択に感謝しなければならなくなった。ぼくはこうして部外者の目で都会を観ることができたし、その魅力や特徴をじっくり観察することができた。さらにそれと自分の生まれ育った土地を比較してとらえなおすこともできた。両親があんな山と海と畑しかない土地を選んだ理由は今になればわかるような気がする。ましてや80年代の終わり、奇妙な90年代を迎えようしていたあの時期の都会には、今とはまた別の不穏な空気がたちこめていたはずだ。
 都会には、地方からやってきた部外者によって輝きを増すという側面もある。むしろ都会を魅力的に描くのが田舎者の使命のようなものだ。そして、それには都会で育ったひとの案内が必要となる。ぼくにはその条件が揃っている。
 まだまだぼくの都会生活は続くだろう。大勢の人間が同じ方向に早足で歩いている中に、奇妙な気持ちで加わったり、素面でありながら大声で熱唱しながら歩いているひとを見かけて笑いそうになったり(実際笑う。ぼくはちょっと変だと思うとすぐ笑う)、心ないことを言うひとを見て「こんなひともいるのか」と思ったり、それでもそんなことどうでもよくなるくらい、ぼくは楽しい日々をおくっている。

2016/03/03

営業報告:「買い物とわたし 〜お伊勢丹より愛をこめて〜」文庫装画


 2014年の春から「週刊文春」(文藝春秋)で連載していた山内マリコさんの「お伊勢丹より愛をこめて」がこのたび文庫化されました。連載時にはモノクロだったぼくの挿絵も全てカラーで掲載される上、装画も描き下ろさせていただきました。タイトルや著者名、下部の「文春文庫」も手描きとなっております。装画の描き下ろしは初めてで、イラストレーターとしての目標でもあったので、とてもうれしいです。


 週刊連載の際はモノクロの掲載でしたが、実際は全てカラーで描いていました。不慣れな始めの頃は、着彩したものがモノクロ誌面ではどのような具合になるかが、いまひとつつかめず(もちろんモノクロ変換の作業も自分でしていましたが、実際に紙に刷られた感じは想像するしかなかったわけで)、誌面で見ると思ったよりぼんやりしていた、なんていうこともあったのですが、途中からは「黒ベタがこれくらいあって、なにも塗らないところがこれくらいあるとメリハリがつく」、というようなことがわかってきてました。


 装画以外では目次のちょっとしたアクセントを描きました。買い物エッセイに登場する数々のアイテムとともに、山内さんの愛猫チチモがいます。


 帯がつくとこんな感じ。文庫本という非常に慣れ親しんだ媒体に自分の絵がついている、という実感がじわじわとやってきます。
 帯がついていると、一見リッチなハイブランドの袋や箱ばかりが並んでいるように見えますが、


 帯を取ると、その下には現代日常生活ではおなじみのお店の袋や箱が現れるギミックとなっています。ちなみに一番右端にあるのは、山内さんの地元・富山で唯一の百貨店、大和(ダイワ)の紙袋。

 山内さんの著作が好きで、最初はいち読者でしかなかったのが、新連載の挿絵を描かせていただくことになったときは夢のようでした。文庫化で装画も描かせていただき、とうとう大好きだった作家さんの著作群の中に自分の絵が加わったと思うと、うれしくてたまりません。
 雑誌連載の仕事は初めてでしたし、「週刊文春」という大御所となると自然緊張しました。毎週描くというのも初めての経験で、一週間の仕事ペースみたいなものがだんだん形作られたと思います。前述したような、「印刷された形をイメージして計算する」ということの必要性も学ばせていただき、連載がはじまったときと終わったときでは随分自分の描くものも変わり、技術面でも発展したところがあったと思います。これからもあの連載での挿絵の仕事はぼくのキャリアの基盤的なものとしていろいろな面で生きてくると思います。

 「買い物とわたし 〜お伊勢丹より愛をこめて」は文春文庫より3月10日発売です。


2016/02/22

営業報告:「SPUR」映画レビュー連載開始


「SPUR」4月号から、新連載「川原瑞丸の銀幕リポート」がはじまります。新作映画のイラストレビューの連載となります。第一回はクエンティン・タランティーノ監督作、サミュエル・L・ジャクソン主演「ヘイトフル・エイト」を紹介しています。
 憧れの雑誌で大好きな映画のレビュー連載。。。とてもうれしいです。

営業報告:「ZIP!」アカデミー賞コーナー用イラスト


・23日から、日テレ系の朝の番組「ZIP!」(5:50〜)において一週間のあいだアカデミー賞特集がありますが、その特集コーナーのメイン・イラストを制作しました。時間帯はその日によって違うようですが、タイミングが合ったらご覧ください。
 授賞式翌日、3月1日の放送では授賞式の結果をうけて新たに描き下ろしたコメント付きイラストが紹介されます。

2016/02/01

営業報告:「pen」 スヌーピー特集にイラスト・コラム



「Pen」2月15日号のスヌーピー特集にて、スヌーピーの犬小屋の秘密にせまるイラスト記事を見開きで描かせていただきました。作中で内部が仄めかされながらも実際に描かれなかった謎の空間を、ピーナッツ風の瑞丸が案内しています。

2016/01/26

営業報告:「婦人公論」 ジェーン・スーさん連載挿絵


「婦人公論」2月9日号より、作詞家・コラムニストのジェーン・スーさんの新連載「スーダラ外伝」の挿絵を担当させていただくことになりました。「婦人公論」は月二回の刊行で、スーさんの「スーダラ外伝」は瀬戸内寂聴さんの連載と交互の掲載になるので、月一回(後半号)の掲載です。ちなみに創刊100周年だそうです。

2016/01/24

「スター・ウォーズ:フォースの覚醒」感想


 公開直後に書いた草稿は思いの丈をこれでもかというくらいに詰め込みずいぶん長ったらしいものになってしまったのだけれど、あのボリューム感はイラスト記事には不向きだということがわかったので、一枚におさめることで落ち着いた。長ければいいというものでもないんだね、反省反省。
 公開から1ヶ月、ぼくはまだ3度しか劇場に足を運んでいないので、もっと観ているひとに比べると細いところを観られていないのかもしれないけれど、ぼくのテンションにとってはわりと丁度良い回数。一回一回を大事にしたいしね。やはり1度目、2度目、3度目で気づいたことや見方が変わったところもいくつかあるし、時間が経てば経つほど別の感想や考えが湧いてくるのが大変厄介なのだけれど、何度観ても変わらないのはぼくはこの作品好きだなあということ。これに尽きる。
 観れば観るほどその造形に惹かれていくのはやはり新キャラクター。これを書いている今のぼくは初回のときに比べてかなり主人公レイの人物造形が好きになっていて、これほどSWの主人公が好きになるのは初めてかも。特にぼくは廃品漁りのときの覆面にゴーグルを着けてボロボロのバッグを提げた姿がお気に入り。これは奴隷姿のアナキンや農夫姿のルークにはなかった魅力だと思う。独りで、自分の力で生き抜いているんだなということが伝わって来るサバイバル的スタイルだ。
 悪役カイロ・レンは初見ですでにその新しさにやられていたわけだけれど、やはり回数を重ねるごとにどんどん好きになっていく。というより彼のことが他人事に思えないんだよ。別にぼくはあんな伝説的な血統の生まれじゃないんだけれど、ただ彼のメンタル面の不安定さには非常に共感するところがある。頭に来ると物に当たるところとか、ぼくにもある。大事なものを壊しちゃうこともあったから、最近はようやく抑えが効いてきているんだけれど。ヒステリー起こすのは子供の頃からだったから、カイロ・レンの子供じみた苛立ちはぼくの中にある深いところに結びついてくる。だから他人事ではないし、「なんだこのしょぼい悪役は」などと馬鹿にして片付けることもできない。ひとによっては(特に男子は)彼の姿を見て自分の欠点を見せられているかのような気がして居心地が悪くなるかもしれない。ぼくもそうなってもおかしくないのだけれど、ぼくの場合はこんなにイカした悪役と共通点があって超うれしいってなるわけだ。
 劇場での鑑賞を終えるごとに増していく新キャラクターへの想い。これは意外にも作品全体のつくりを理解する手伝いをしてくれた。「フォースの覚醒」はこの新しいキャラクターたちを見せるための作品なのだと思う。初見のときにやや不満だったメカニックやエイリアンのデザイン、あれらが無難なところに落ち着いている印象を受けたのも、新キャラを際立たせるためではないだろうかと思える。もっと言えば、デザインでの実験や、誰も見たことがない景色をつくることよりも、誰も見たことがないSWをつくることに徹した結果ではないだろうか。ミレニアム・ファルコンが砂漠の地面に船体をこすりながら、砂埃を巻き上げて飛ぶ姿や、湖の上を水しぶきを上げなら飛んでいくXウィングなど、ぼくたちのよく知るメカがそれまで見たことのない動きをするというところに、今作の試みが見られるのだ。倒れた仲間に駆け寄るストームトルーパーの姿などもそう。もはやひとつのアイコンであるからこそ、そのアイコンが今まで見せたことのない動きをしているのが「新鮮」なのだ。よく見慣れたおなじみの世界の中でおなじみのアイテムを使って、新しいキャラクターたちが思う存分動き回っている印象だ。




2015/12/31

2015年まとめ


 2015年の主なトピックスと言えば、結婚、仕事、初の海外旅行、そしてスター・ウォーズといったところ。結婚はもちろん大きなイベントだったけれど、今年は仕事の幅もかなり広がったと思う。読書日記の連載も今年からだし、新作映画のレビューや「スター・ウォーズ」や「007」といったビッグタイトルの特集のお手伝いもさせていただいた。特に大好きな「スター・ウォーズ」が仕事に繋がったのは感慨深い(新作公開に合わせて仕事ができたので最高の「SWイヤー」になった)。憧れの長谷川町蔵先生と山崎まどか先生の共著にイラストを描いたことも合わせると、今年はいろいろな夢が叶った一年だったとも言える。初の海外旅行にも行ったし、仕事もプライベートも充実の一年だった。両方の充実さが互いに良い影響を与えているように思う。


 今年一年で仕事で関わったものやつくったものを並べてみる。自分的にはとてもたくさんだ。本当にイラストレーターみたい、なんてことを思ったりするのだけれど、みたいじゃなくて、ぼくは本当にイラストレーターになれたのだ。なったからには来年もどんどん仕事をして、たくさん描いていきたいと思う。今年はイラストだけではなく、合わせて文章を書く機会もいただけたので、今後もイラストコラムの仕事がたくさんできたら良いなと思う。
 そうして、好きなものは好きだとはっきり言っていきたい。興味関心は重要な原動力になると思うし、「好き」が仕事に繋がるというのはとても幸福なことだから。なによりぼくという人間はぼくの好きなもので出来ている。自分というものを大切にして仕事をしていきたいと思う。

12月18日のこと


 とりあえず年が変わってしまう前に「フォースの覚醒」を観に行った際の記念写真を。イラスト感想はもう少しかかりそうなのだけれど、こういった写真もぼくにとって重要な記録になりそう。
 とにかく今作でぼくはグェンドリン・クリスティ演じるキャプテン・ファズマという新キャラクターの注目してきた。関連グッズ解禁の際にはフィギュアを買ったし、映画公開に向けてボール紙とデープを使ってのヘルメット作りにまで取り組んだ。仕事のほうもこの時期は少し慌ただしく、趣味の工作に割ける時間がそれでもあまりない上に、結構試行錯誤を繰り返すことにはなったのだけれど、なんとか12月17日の夜に納得いく形に出来上がった。劇場にこんなかぶり物を持っていったのは生まれて初めてだった。同じようなひとは結構いた。別にぼくひとりだったとしても気にはしなかったけれど。


 記念写真ブースになりそうなスポットはあるだろうかと気になっていたのだけれど(無ければポスターの横にでも立つつもりだった)ちょうどこのような立体巨大ロゴが設置されていたので恰好がついた。キャプテン・ファズマにしては小さいのはもちろん(彼女はブーツのヒールも合わせると2メートルの大きさでこの身長は他のキャラクターだとチューバッカに匹敵する)、ストームトルーパーの平均身長であるところの183センチにも満たないのが残念なところ。


 フィギュアマスコット付きのドリンクカップ(1997年頃のケンタッキーのキャンペーンを思い出したのはぼくだけだろうか)を買っていたら上映開始ギリギリになってしまい(あらゆる列が恐ろしく長かった)少々慌てる場面もあったけれど無事鑑賞。最初はひとりでさらっと観にいくつもりだったけれど、友達や妻と一緒に観てよかったと思う。観たあとで誰かと話さずにはいられない作品だったし。
 なにはともあれ愛すべきサーガの新章の幕開けを目撃できて最高に幸福な日となりましたとさ。
 キャプテン・ファズマよ、永遠なれ!

2015/12/21

「スター・ウォーズ:フォースの覚醒」感想/最初の印象


鑑賞ステータス
回数:1回(12月20日現在)
形態:3D/IMAX/字幕

 果たして幻のエピソードだった「エプソード7」が現実のものとなった。ぼくたちはなんとEP7後の世界に来てしまったのだ。平成生まれのぼくとしては、結末の知れていた前日譚ではなく、全く白紙の上につくられる正真正銘の「続編」をリアルタイムで観られること自体を大変幸福に思っている。この世代にとってそれは叶わぬ夢でしかなかったのだから。
 およそ一年間かけて、新着情報が入るたびにその断片的な情報を自分なりに繋ぎ合わせて稚拙ながら考察を行って来たが、この作業も含めて大変楽しむことができた。公開前からこんなに楽しめる作品もそうそうないのではないだろうか。内容を予想することだけでなく、フィギュアなどの関連グッズをはじめ、やや無理矢理な感じのするタイアップ商品を買ったりして、新作公開前の空気を存分に楽しんだ。決してスクリーンの中だけにおさまらない総合芸術、いやもっと簡単に言えばカーニバルのようなシリーズなのだということを改めて実感した。
 とは言え、最終的に重要なのは映画本編の内容である。盛り上がったテンションと勢いでごまかしてしまうこともできるけれど、それは自分に嘘をつくことになる(SWに対してもだ)。しかし、一年の間に味わった楽しさを最後に台無しにもしたくない。親友や恋人を愛しながらも、相手になにか欠点を見出したとき、それをぼくは指摘することができるだろうか?今作に対する気持ちを言葉にするというのは、そういった葛藤に近いものがある。だが、そもそもこの例えを持ち出した時点で答えは決まっている。なにがあったとしてもぼくがSWに幻滅したり嫌いになったりすることはあり得ないのだ。何にでも長所と短所があり、ぼくは両方を愛したいと思っている。贔屓目でフェアな感想ではないと言われればそれまでだが、当たり前だ、ぼくはSWが大好きなのだから。
 それでも思ったことははっきり書いていきたいと想う。しかし繰り返しになるけれど、ぼくは全体的に満足しているので、細かい疑問やツッコミどころもそこまで不満には思っていない、ということは念のため強調しておきたい(このあと何度か観た後でその印象が変わる可能性は大きい。そういう意味でも初見だけの印象から考えたことを書き留めておきたい)。
 
 ・導入の印象

 どこから書いていいか非常に悩ましいが、とりあえず冒頭のことから。どんな具合になるか非常に気になっていた「最初の宇宙のシーン」が非常に良かった。惑星を隠していくスター・デストロイヤーのシルエット、まるで宇宙空間の暗闇がぐうっと伸びてきて星を隠してしまうようで洒落た絵画のようだった。「新たなる希望」以降スター・デストロイヤー登場がバリエーション化したが、今回は「そう来たか!」と思った(「シスの復讐」もわりと新鮮なほうだったけれど、今回はさらにガツンとやられた)。
 そこからの展開はわりとテンポが良かったような気がする。ストームトルーパ―の強襲、新たなヒーローであるポー・ダメロンとBB-8の脱出劇、焼かれる村・・・。この一連の流れで一番印象的だったのは、冷酷なストームトルーパーによって襲われる村、という図から一転してストームトルーパー側の視点に流れるように切り替わったことだ。今までのSWならレーザーに当って倒れたトルーパーに気を留めることなどなかった。そのほとんど常識と化したような様式を逆手に取ったのだろうか、倒れたトルーパーを気遣う同僚トルーパー。このふたりのトルーパーの間にはどんな交友関係があったのだろうか、と一瞬のうちに想像させられる。友人の死を目の当たりにしたこのストームトルーパーは震え出す。いちトルーパーが主人公になった記念すべき瞬間である。ひとまず出だしで印象的だったのはこのあたり。

 ・新キャラクター
 
 ポー・ダメロンはもっと無鉄砲で皮肉屋な、旧作におけるハン・ソロのようなキャラクターだと予想していたが、実際は正義感に満ちあふれたエース・パイロットで、予想していたのよりもずっと好感を持てる人物だった。レイやフィンに比べるとまだ人物造形があまり克明に描かれていない気がしたが、次回以降に期待したい。ポーとフィンの関係も予想に反して友好的で(初期のルークとハンの関係に似ているのではないかと想像していたのだ)、若い友人同士といったやり取りは胸をすくようで大変清々しいし、熱い。
 そのフィンは、前述の史上初主人公に昇華した元ストームトルーパーだ。予告編などからトルーパーの恰好をすることはわかっていたが、作戦上の変装だろうと思っていたら、これが本当にストームトルーパ―で驚きだった。若く、特になにかに秀でているわけでもなく、ましてやフォースが使えるわけでもない。平凡ないちトルーパーでしかなかった彼のステータスは、登場人物の中でもっともぼくたち観客に近いのではないだろうか。そんな彼が冒険に旅立ち、気転を効かせて危機をかいくぐりながら、到底太刀打ちできそうもない悪に立ち向かう様子はとても力強さを感じる。それはルークやアナキンが運命に導かれて宇宙に旅に出たのとは全然違う。特別でないフィンの冒険は、特別でないぼくたちを勇気づけてくれる。今までSWにいなかった種類のキャラクターだ。
 レイに関しては謎が多く残されたままだが、まず言えることはとにかくタフだということだ。ルークやアナキンのように家族がいる状態では全然無い、完全な孤独のなかで自給自足の生活をしていたことから考えると、前の主人公ふたりよりよっぽど精神的に強いのではないかと思う。この強さがこのあとフォースを学ぶ過程でどう影響してくるかが非常に興味深い。
 悪役カイロ・レンは冷酷だが決して最強の悪役ではないことが多くのひとを驚かせたことだろう。もとよりどういう個性の持ち主かは全く想像できなかったから、期待や予想と違ったという感覚はぼくの場合あまり無かった。それよりは逆に新鮮さのほうが強いだろうか。ダース・ヴェイダーに憧れているが、そのヴェイダーには遠く及ばないのは明らかであり、それは本人も自覚している(認めたくはなさそうだが)。確かに強いのかもしれないが、そういうところにコンプレックスがあるので不安定で、若いので未熟なところもある、というのは、人間味を感じる。これもまた今までのSWにはいなかった悪役なのだろう。
 ハックス将軍もまた有能そうだがかつての銀河内乱を知らない若き司令官である以上、未熟さは残る。カイロ・レンとハックスは、「新たなる希望」におけるヴェイダーとターキンの並びにもイメージが重なるが、あくまで重なるだけ。レンがヴェイダーに遠く及ばないのと同様に、ハックスもターキンほどではない。なにかあるたびにふたりして最高指導者スノークの前に並ぶ様子はどこか先生に呼び出されてる学生というような間の抜けたイメージではあるが、ふたりの若い悪役は同じく若い主人公たちと対応しているのではないだろうか。要するに今度の三部作は若者同士の戦いで、新世代のSWであることが強調されているのだと解釈できる。
 さてその黒幕スノークの正体もすでに議論の的になりそうだ。ぼく自身も彼の正体について考えを巡らせて楽しんでいるところ。意外にも早い段階から姿を見せたのは拍子抜けだった。もう少し引っ張っても良さそうだったのだけれど。「新たなる希望」における皇帝のように、存在だけ示唆される程度でも良かったのではないかと思うが、しかし前述のレンとハックスだけではファースト・オーダー全体が本当に未熟な敵に見えてしまうので、なにやらやばそうな黒幕がいる、ということは最初からわかっていたほうがいいのかも。
 キャプテン・ファズマに関しては、ぼくはあれで良いと思っている。むしろあれが良いのだ。初めてクロームメッキのトルーパーが登場することがわかってからというもの、ずっとこのキャラクターに注目してきた。演じるのがグウェンドリン・クリスティーでつまり女性指揮官なのだとわかってからはもう夢中だった。どことなくボバ・フェットのような雰囲気も感じられたので、あの扱いは予想の範疇だった。外見とアクターで気に入ったからには活躍しようとしまいと、どうなろうとあまり関係ない。SWは画面に映らないところを想像するのが楽しいのだから、ぼくはいろいろなファズマの物語を想像したい。
 しかし、ひとつ言わせてもらうなら、ボバ・フェット的キャラクターというのは狙って再現できるものではないということだ。ボバはもともとあまり活躍させるつもりのなかった本当に噛ませ犬な脇役だったのが、異様な存在感で人気に火がついた、というキャラクターである。ルーカスは「こんなに人気になるならもっと活躍させればよかった」というような発言をしていたが、恐らくそれでは駄目なのだ。異様な存在感なのに活躍せずあっけなく退場という、その扱いも含めてのボバ・フェットなのだから。つまりボバの魅力とは狙わずに生じたものであり、たとえ「滅茶苦茶格好つけたのに活躍せずに退場」というところを真似しても、それを意識している時点でボバの魅力とは違うような気がする。まあそれでもボバをパロディしたキャラ、ということでよしとしよう。
 ちなみにぼくはボール紙とシルバーのガムテープでもってキャプテン・ファズマのヘルメットを自作し、劇場に持参した。ここ数週間ずっと仕事の合間に試行錯誤しながら完成させたのだけれど、これは良い記念になった。こんなふうに映画を楽しめるのは幸せだ。ありがとうキャプテン・ファズマ、そして永遠なれ。

 ・旧キャラクター

 ルーク、ハン、レイアの三人について詳しく書くと本当に物語の核心部分に触れるし(もう十分触れているような気がするが)、この三人についてあえて言うことはあまりないので簡単に。ちゃんと「ジェダイの帰還」から30年分生きてきたルーク、ハン、レイア自身に見えて大変感慨深かった。30年の間に三人はどんなふうに生きてきたのか、どんなことを経験してきたのか想像せずにはいられない。まあ苦労が絶えなかっただろうなあ。
 R2-D2はともかくとして、C-3POの出番はもっと欲しかった。前半の展開には要らないのかもしれないから、難しそうだけれど。しかし3POが画面に現れたときは本当にほっとした。彼はどんな空気も和ませられる(「シスの復讐」は別)。
 チューバッカに関しては、チューバッカだなくらいの感想しか抱けなかった。好きなキャラクターではあるけれど、あまり老けた様子がない。駄々をこねる愛犬のような仕草は一作目の頃と変わっていないので、こいつもしかして全然成長しないのか?と思ってしまった。まあ人間より寿命が長いらしいので時間の流れ方や年の取り方も異なるのかもしれない。というか、チューイのことを想うと辛い(これ以上は言えないが)。

 ・世界観

 全体的にスケールは小さくまとめられているように感じた。プリクエル三部作の世界観が広過ぎたということもあるが、旧三部作は登場する惑星が少ないながらも街や基地、エキストラなどで工夫して世界観の奥行きをつくっていたと思う。今作は第一作目「新たなる希望」と同じようなスケール感を意識したようだが、どこか作り込みがやや不足しているようにも感じられた。登場する惑星に対する既視感は言うまでもなく意図的なもので、砂漠や森林、雪原といった旧三部作でお馴染みのロケーションを勢揃いさせてパロディしている(それぞれ全く別の惑星だが)。これもまた幻想的な風景をたくさん見せてくれたプリクエルの後だとがらりと雰囲気が変わるし、旧三部作オマージュだとしてもやや風景が現実的過ぎて地味な感じがする。しかし、これらの主張の強くないロケーションは、キャラクターを描くことに徹しているためではないかとも思える。新キャラクターたちの個性を説明するため、背景にそこまで意識が向かないようにしているのではないだろうか。SW世界でお馴染みのロケーションの中でキャラクターたちを際立たせて、そこに集中しているように見えた。誰も見たことも無い幻想的で新鮮な風景だと、そこに立つ人物たちが弱くなってしまうことも考えられる。
 惑星ジャクーはタトゥーインのパラレルのような世界観だが、ここはやはり砂漠に埋没している往年のメカの残骸に意識が向いてしまう。気をつけないと見落としてしまいそうなところに、見慣れた戦闘機の部品やヘルメットが転がっている感じが、とても良かった。探すのが楽しくなってしまう。スター・デストロイヤーが墜落している砂漠では一体どんな激戦が繰り広げられ、その勝敗は銀河史にどれだけの影響を与えたのだろうかと、つい想像してしまう。背景について想像を巡らせたくなるのはSWの醍醐味のひとつだと言えるだろう。だからこそ、ジャクー以外のロケーションにも同じような仕掛けが欲しかったと、少し思ってしまう。だがまあ、どんどん物語が展開していくので、いつまでも背景が気になってしまうよりは、あれくらいのほうが本筋に集中できるのではないかなと思えて来る。
 ロケーションのほかにも重要な世界観として、銀河の情勢がある。オープニング・スクロールの時点でわかるようにどうやら共和国の再興は実現し、かつての帝国は敗退しているらしい。パンフレットの簡単な解説によれば新共和国と帝国残党との間で「銀河協定」が結ばれ、戦争は一時終結していたようだ。今回の悪役陣営である「ファースト・オーダー」はその帝国残党から現れた一派であり、「レジスタンス」はその動きを監視するために立ち上がったレイア将軍の私設軍隊ということらしい。ひとつ思ったのは、この情勢は第一作目のときの情勢に似ているということだ。共和国が滅び、帝国が台頭した世界で、共和国残党が反乱軍として帝国に抵抗していた図は、今作における情勢と逆だがそっくりだ。また、元老院が反乱軍を支持していたという設定も、今回で言うところの、新共和国によって支援されているレジスタンスという関係に近い。プリクエル三部作を観ているぼくたちはこの一作目当初の「共和国、帝国、反乱軍」の三者の関係が前日譚を踏まえると若干ズレてくることを知っている。プリクエルでは共和国がそのまま帝国へと姿を変えるし、「シスの復讐」でのことを考えると、皇帝の支配する元老院が反乱軍を支持する隙なんて無さそうに見える。今作での世界観は、プリクエル三部作をほとんど踏まえておらず、あくまで旧三部作の世界観を上書きしているのだ。
 ところで、超兵器スターキラーによって破壊される惑星には銀河首都も含まれており、誰もが最初はコルサントが吹き飛ばされたと思ったことだろう。しかし、実際はあの星はホズ二アン・プライムという新しい首都惑星で、コルサントから遷都したようだ。遷都したからにはそれなりの理由がありそうだが、このあたりの物語も今後スピンオフ小説などで描かれるだろうと思うとわくわくする。
 
 ・音楽

 ジョン・ウィリアムズ作曲の音楽はSWに無くてはならない存在で、一作目以降、必ずそのエピソードを象徴するような印象的な新曲が流れてきた。特にプリクエル三部作では、意図的にエピソードごとのテーマ曲をつくっていた。今作もさぞ壮大で聞けば上映中の想いが蘇ってくるような音楽を聴くことができると思って大変期待した。SWを構成する多くの要素の中で常に無条件で受け入れられるものがあるとすれば、それはウィリアムズの音楽だ。しかし、今回は作曲の趣向が明らかに違った。場面ごとのムードに合った音楽が効果的に使われていたのはもちろんだが、あくまで主に流れるのは旧作からのテーマ曲で、新曲はそれを補う形でしかなかったような印象である。お馴染みの曲を際立たせるためだろうか。しかし、せっかく新キャラクターたちが主体なのだから、彼らを紹介するようなテーマがもう少し流れても良かったように思う。
 けれど「新たなる希望」を意識しているところを考えると、お馴染みのテーマに変化をつけるだけにとどめ、”ひとまず”はニュートラルなSWを提示したかったのかもしれない。

 ・メカニック
 
 公開前から最初にお披露目された今作のメカといえば新型Xウィングだが、このデザインが一作目制作時にラルフ・マクォーリーによって描かれたXウィングの初期デザインによく似ていることが話題となった(今作のデザインは他にもマクォーリーのデザインを彷佛とさせるものがいくつかある)。しかし、実際本編を観てみるとこのXウィング以上にインパクト(?)のあるデザインの宇宙船(及び乗り物)が特に無かったように思う。TIEファイターも見せ場はあったが色と細部がちょっと変わっただけで形状に大きな変化はない(だいたい「ジェダイの帰還」の時点でTIEシリーズはインターセプターまで進化したのに何故また形が退化しているのだろう・・・)。主に活躍する宇宙船は<ミレニアム・ファルコン>なので、主役を張れるくらいかっこいい宇宙船は必要なかったのだろうか。それとも、やはりロケーションと同じくキャラクターに集中するために宇宙船も地味にしたのだろうか。さすがに宇宙船にこだわらないとSWとしての魅力がかなり削がれてしまうのだが。
 個人的にはレジスタンスのトランスポート船(横長で端に操縦席のついたデザイン)が好きかな。パンフレットによればBウィングの部品等を使って造られたらしい。なるほど、確かに似ている。

 ・エイリアン&クリーチャー

 宇宙船同様にSWには欠かせない要素であるエイリアンたち。いろいろな種族が登場すればそれだけ世界観は広がる。今作は特に、プリクエル三部作でCGを多用していたことへの反動(アンチ・ジャー・ジャーというわけだ)なのかエイリアンはとにかく着ぐるみにこだわっている印象だった。しかし、せっかく着ぐるみでやっているわりには旧三部作のような魅力的なデザインの異星人が少なかったような気がする。ぼくの好みで言えばローディアンやビス、デュロスといった、はっきり言って馬鹿っぽい、THE・宇宙人みたいなデザインが好きなのだが、今回はあまりそういう愛嬌のあるエイリアンが見当たらなかった。いろいろなやつらがいて賑やかだったが、全体的にここ10年のSF&ファンタジーでありがちなデザインという気がした。コワモテなのだ。これもまた時代の流行りが反映されているということなのかもしれない。
 しかし、エイリアンでごった返し変な音楽が流れる酒場が出てきたこと自体はとてもうれしいし、アクバー(モン・カラマリ)やニエン・ナン(サラスタン)といった旧作のエイリアンが登場してくれただけでも十分ぼくは幸せである。しかもアクバーは声も演技も旧作と同じティモシー・M・ローズ!
 銀河の動物たち、クリーチャーたちはどうだろうか。ハン・ソロが運んでいた凶暴なラスターは今までのSWにいなかったタイプのモンスターで新鮮だが、これはあまりぼくの好みではないかな。ジャクーにいたクリーチャーは概ね好感が持てた。大きな豚鼻のハッパボアは実物を造っているだけあって質感や重量の具合が良かったし、廃品の装甲に覆われたラガビーストも今までいそうでいなかった上にSW的雰囲気でいっぱいだ。両腕を黄色い重機のようなアームに換えられている”クラッシャー”ルーダウンもおもしろい造形なので好き(どう見てもヒューマノイドだが何故かパンフレットではクリーチャー扱い・・・差別?)。

 ・ドロイド

 最も視覚的に話題をさらったのはやはりドロイドのBB-8だろう。新たなSWマスコットの座をR2-D2から受け継いだ彼、仕草が可愛く、ムードメイカーに欠かせない存在となりそうだ。フィンとの掛け合いもSWに再びユーモアを取り戻してくれたと思う。丸いフォルムというのは本当に親しみが沸きやすいのだな改めて思った。
 その丸い形状だが、もう少しあの形状になっている理由をヴィジュアルで見せて欲しかった。機能美というか、「だからこの形なのか!」と納得できるシーンを求めていたのだが、残念。デザインが先行してしまったのだろうか。確かに誰も考えつかないような形状と構造で動いていてこれ以上にないくらい個性的なのだが、ヴィジュアルにおけるアイデアにこだわったせいなのか、機能や設定が追いついていなさそうに感じられた。さらに言えばR2のようにコンピューターにアクセスしたり船を修理したりという役に立つ活躍も見せなかったので、ただただ守ってあげたくなる可愛いやつという印象が拭えなかった(それはそれで良いのだが)。そういう意味では今作のヒロインはこの球体ドロイドかもしれない。
 他にも新登場のドロイドはいくつかいるのだが、今の時点ではまだ気に入ったものはないかも。お馴染みのプロトコル・ドロイドやアストロメク・ドロイドが完成され過ぎていて、匹敵する外見のドロイドはBB-8くらいにならないといないのかもしれない。マズ・カナタの城の前を歩いていた赤いドロイド、HURID-327はこれまでのドロイドとは少し趣向が違うので印象的だった。どこか「スクラッパーズ」的というか、アシュレイ・ウッドの描くロボットにも通じるものがあってわりと好みだった。銀河は広いのだから、いくらでも趣向の違うデザインのドロイドがいていいはずだ。しかし、下手をするとらしくないデザインで世界観を壊すことになるので、それを恐れてかどこか無難におさえた印象がある。

 ・デザイン全般
 
 というわけでデザインに関してはBB-8や新ストームトルーパーは斬新さを覚えたが、それ以外は保守的で慎重な姿勢が垣間見えた。デザインへの積極性はBB-8に集約されたのだろうか(前述のように形状と機能の関係が不明なので諸手を挙げて優れたデザインだと言うことはできないのだが)。SWでメカニックのデザインがつまらないというのは致命的だと思うのだけれど、そこはファルコンとXウィングなどお馴染みのメカをとにかく際立たせたかったということなのかな。オリジナリティーを求めて冒険をしているという意味ではプリクエル三部作のほうが自由度が高かったと思う。もちろんプリクエルはルーカス自身が仕切っていたから自由なのは当然だ。今作をつくった人達はルーカスの影の中で世界観を壊さないように壊さないようにと「慎重にもがいていた」のかもしれない。前述したようにとりあえずはニュートラルなSWにしたかったのだろうとも思うので、次回からはもう少し自由になって欲しい(というかそうなる可能性が高い気がする)。ぼくに言われなくともこんなことは世界トップクラスのセンスと頭脳を持ち合わせたアーティストたちなら十分理解していると思うけれど、今SWをつくっているのは他でもないあなたたちなのだから、自信を持ってつくって欲しいと言いたい。当然ながら、旧作をリスペクトするだけでは新しいSWはつくれないのだから。

 ・3D/IMAXの所感

 初回は3D/IMAXにて鑑賞。夏に「マッドマックス」をこの形態で観て圧倒されたので、SWがどんなふうに体験できるか非常に楽しみだった。
 まだ一回目だが、印象的な迫力があったのはファースト・オーダーのスター・デストロイヤーを正面から映したカットで、あれはスクリーンの手前に向かって巨大戦艦(旧作のインペリアル級の二倍あるらしい)が進んで来ているような錯覚を覚えて、大変感動した。華麗に飛び回る<ミレニアム・ファルコン>も目の前で飛んでいるかのような迫力と、手を伸ばせば届きそうな存在感があった。2012年に3D版「ファントム・メナス」を劇場で観たが、もともと3D向けに撮影していない旧作に後から処理を施したためか、なんとなくの立体感しか感じられなかったので、今回はまさに3Dで観る新しいSWという感じがした。ただ、それを考えるとやはり、新鮮な世界観を少しでもいいから提示して欲しかったと思ってしまう。手を伸ばせば届きそうな感覚があったのに、あまりそうしたいと思う風景が無かったのは確かだ。
 良いことばかりではない。席の位置にもよると思うけれど、スクリーンが巨大過ぎるので全体像が掴みづらい。視界いっぱいに世界が広がっているからこその映画体験ができるのは良いのだが、全体での画が確認できないというか、やはり離れて観たほうがよく見えるのだと思う。世界観のデティールの細かさを見出すことができなかったのも、隅々まで見渡すことができなかったからかもしれない。全体像を掴むために今後は2Dで落ち着いて鑑賞してみたい。
 
 ●まとめ(まとめていいのかわからないがとりあえず)

 あくまで最初の印象を書き留めたまでである。このメモを草稿に、イラスト感想をまとめていきたいと思う。もちろんその間再鑑賞するだろうから、また新たな発見があるかもしれない。
 ここで一度要約しておくなら、「スター・ウォーズに憧れたスター・ウォーズ」という印象がやはり強いように思う。しかし、だからといってパロディの域を出ていないわけでは決してなく、れっきとしたSWのいちエピソードとして受け入れることができる。
 最初に満足していると書いたものの、実際言葉に起こしてみるとどんどん思ったところが沸いて出てきて、特にデザインに関しては気になっていたんだなと改めて思った。デザインの遊びがない理由については恐らく上で書いたようなためではないかと思うので、次回以降で本領を発揮してほしい。目新しい世界を見せて欲しいという気持ちもあるので、そちらも今後に期待したい。シリーズである以上、完結してからじゃないとフェアな評価を下せないというところもあるので、まだまだこれはこういう映画だと断言することはぼくとしては避けたい。個人的には、SWの新作として大いに興奮させてもらったことを考えると多少の不満はチャラにできてしまうかな。もちろん疑問点について考えるのは楽しいし、議論は尽きないだろう。長寿シリーズである以上、その時代ごとに変化があって当たり前だと思うし、作品ごとに雰囲気やスタイルが違っていても良いと思う。だから今作もSWとして受け入れられる。受け入れた上で不満点や疑問点について考えて楽しみたい。これからは「フォースの覚醒」を軸にいろいろなことを考察したいし、イラストレーションも多く描きたいと思う。

2015/12/15

「スター・ウォーズ」を観る順番


 超ビッグな映画シリーズなのに人に勧めづらいことこの上ない、でお馴染みの「スター・ウォーズ」。特にビギナー泣かせなのは公開順と時系列の関係で「一体どれから観ればいいの?」は一番の疑問だと思うので、ここはひとつ絵も交えてできるだけわかりやすく説明してみたいと思い、このような図を考えてみた。これがベストとは思わないし、もっとわかりやすい図案があるかもしれないけれど、ひとつ参考になれば幸いです。
 ファンによっては公開順で観るか時系列順で観るかで意見が分かれるそうなのだけれど、これから観ようという人にとっては大事なファーストコンタクトである。もう二度と初見の気持ちに戻ることができないファンのひとはビギナーに対しいろいろなことを言ってくるかもしれないけれど、まずは余計な知識を入れずに公開順で観るのがいちばんだと思う。社会が実際にSWを観た順番がそれなのだし、それでなんら不都合は生じないからだ。
 と言うのもぼくの知人が初めてのSW体験を時系列順に挑んでしまったのだ。前日譚のプリクエル三部作が後年つくられて、これで綺麗に6部作の時系列が出来上がったから、その見方が物語上綺麗な見方なのではないかと思われるかもしれないが、そうとは限らない。「エピソード1」は第一話にあたるとはいえ、結局は「すでにSWが認知されている世界」でつくられている以上、予備知識がどうしても必要になる。プリクエル三部作というのは「昔はこんなかんじでした」という過去篇なのだから、オリジナル三部作を知った上で観たほうがいいというわけ。
プリクエルから観てしまうことの、なにが一番問題だろうか。件の知人にとってそれは「ハン・ソロ」の存在だった。プリクエルでは銀河共和国とそれを守るジェダイ騎士団側の視点がメインとなり、主人公もその体制の中枢に身を置いていた。また共和国を崩壊させ帝政のはじまりの原因となる銀河規模の全面戦争「クローン大戦」も主な舞台となることから、プリクエルは話のスケールが大きい。そこで旧三部作に移ったところで突如登場する宇宙海賊(体制の外にいる)、ハン・ソロの存在はなんとなくちゅうぶらりんになる(少なくとも件の彼はそう感じたらしい)。ハン・ソロといえば主人公すら食ってしまうSWの「顔」のひとつのはずだが、観る順番が違うだけでこうも印象が違うとは。ぼくも改めてなるほどなと思った。
 プリクエル三部作は体制側の物語で、文化が栄華を誇っていた時代の物語。オリジナル三部作はそれらが滅びさったあとの、言わば「若者たち」の戦いを描いた物語。それはもうそのまま前者が親の時代を、後者が子の時代を描いたものと見ることができるわけだ(アナキンとルーク親子に限らず、広い意味での「親子」)。子(自分)の時代の物語を知っているからこそ、親の時代をあとで知ると興味深いのではないだろうか。もちろんそこには「えー、昔こんなだったのお?」という微妙な気持ちも含まれるのだろうけれど。
そして、今やその「子の時代」すら親の時代になりつつあり、ようやく「孫の時代」を描いた新作がお披露目されるというわけです。
 長くなりましたが、ぼく個人としては、公開順に観ることをおすすめします。

 

営業報告


 ・映画「ひつじ村の兄弟」のフライヤーやパンフレットにイラストコラムを載せていただいております。アイスランドを舞台にしたドライすぎるブラックジョークとひつじとおじいさん満載の映画です。12月19日より新宿武蔵野館にて公開!
http://ramram.espace-sarou.com/


・朝倉かすみさんの新刊「植物たち」(徳間書店)の販促用リーフレットの内容を、イラスト・文章・デザイン込みで作らせていただきました。いくつか短篇をピックアップして、モチーフとなった植物とともに紹介しています。
http://www.amazon.co.jp/dp/4198640599/ref=cm_sw_r_tw_dp_zfbCwb0Y8HTZP


・今月号のasta*「秘密図書館」では、映画「イングロリアス・バスターズ」や「ウォルト・ディズニーの約束」出演でおなじみのコメディアンB・J・ノヴァクの作家デビュー作「愛を返品した男 物語とその他の物語」の感想を書いています。訳は山崎まどか先生。ユーモラスな短篇が詰まった素敵なユーモア・スケッチ集となっています。 

2015/12/08

スター・ウォーズ新作メモ 13


 今日が8日なので、公開まであと10日!公開が近づくほどこういった予想メモは意味がなくなっちゃうかもしれないけれど、ぎりぎりまで更新を続けたいところ。
 今までの予告映像はティーザー(特報)だったけれど、ついに本格的な予告編がお披露目され、「フォースの覚醒」の世界観がより一層鮮明になった。レイは惑星ジャクーの砂漠で墜落した船の中を漁って廃品を集める孤独な日々をおくっており、カイロ・レンはダース・ヴェイダーの後継者を自称して野望に燃えていた・・・。
 ルーク・スカイウォーカーがドロイドたちと出会ったのと同様に、レイもBB-8との出会いによって冒険に導かれるのだろうか。そしてレイは何故打ち捨てられたかつての戦場で独りで暮らしているのだろうか。
 印象的なのはハン・ソロが若者たちに「フォースは実在する」と告げるところ。一作目で老オビ=ワンを相手にフォースなどまやかしだと馬鹿にしていた彼が、ついにフォースについて語り出すというのか。ここで若い主人公たちと観客は同じ目線に立ち、ソロの口から銀河が辿った運命について聞くことになるのだろうか。


 主人公たちの属すらしいレジスタンスの基地での場面も好き。フィンとポーの関係や距離感も気になるし、なにより背後にいるレジスタンス兵たちの服装が洒落ている。旧三部作の反乱同盟軍の雰囲気が米軍なら、今度のレジスタンスはWW2のヨーロッパ風という具合だろうか。帝国を倒し、共和制復活に近づいたことで旧共和国にあったヨーロッパ的雰囲気が反乱軍にもたらされたと考えることもできる。カーキ色の制服はシックで、可愛らしくすらある。
 「レン騎士団」はファースト・オーダーのより上位の機関だろうか(旧共和国におけるジェダイ騎士団のような?)。彼らはなんの目的で暗躍しているのか。そこでのカイロ・レンの立場とはなんだろうか。彼が率いるからレン騎士団なのか、レン騎士団に属すからカイロ・レンという名なのか。この予告編はまんまと「気になる」を増幅させてくれるとともに映画公開を目前に、新しい世界観がどんなものなのかを垣間見せてくれた。
 尚、TVスポットもかなりたくさん出ているようで、正直追いきれていない。どれも似たようなものなのだが少しずつ変化がありそこでしか観られないシーンなどもある。

2015/12/01

「スペクター」感想


 レア・セドゥがボンドガールをやるということでずっと楽しみだった007最新作「スペクター」。イラストの仕事の関係で試写を観させていただいたので、いちはやく感想をまとめてみた。
 今作は過去作へのオマージュというか、ボンドの伝統をたくさん踏襲している原点回帰。「カジノ・ロワイヤル」ではまだ新任のスパイだったボンドが「慰めの報酬」「スカイフォール」を経てようやく完全な007として完成したところで挑むのが今作なわけで、少し回り道をしてから昔ながらのスタイルの007映画をつくったといった具合。でもその回り道(ダニエル・クレイグ主演の過去三作は今までの作品とは異なり、ボンドの内面を掘り下げるのがテーマのひとつだった)があったからこそ、「スペクター」のボンドには人間的な存在感と説得力があるし、クレイグ版のシリーズを観てきた観客にとってはボンドがめちゃくちゃ成長して洗練されていることがわかる。一連の作品はボンドが007になる物語であったのと同時に、ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンドになるための作品だったとも言えるのだ。「カジノ・ロワイヤル」のときは初の金髪ボンドに昔からのファンが難色を示したとかいう話を聞いたけれど、3作もかけて彼がボンドになっていく経緯を丁寧に描いたのは大正解だったと思う。すっかりボンド役が馴染んだところで、さあショーン・コネリー時代の悪役を復活させ、昔ながらの007を描こうというのだから丁寧すぎる。「スカイフォール」でマニーペニーやM、Qなど昔のキャラクターが再び揃った瞬間から、宿敵スペクターの復活も約束されていたのだと思うと、壮大な007復活計画だなあと思う。
 さて大好きなレア・セドゥだけれど、とってもかわいくて綺麗だった。少しエキゾチックな雰囲気も007の世界観にとても合っていたと思う。場面場面で着替える衣装も素敵でどれも似合っているし、着るものによって雰囲気ががらりと変わるのも魅力のひとつ。控えめな顔つきが、ニュートラルな魅力を持っているのかも。
 拳銃を握る姿も画になっていたと思う。ぼくはレア・セドゥという女優を「ミッション・インポッシブル:ゴースト・プロトコル」で知ったわけだけれど、初めて観たのもやはり拳銃を構えた姿だったから(そのときは報酬はダイヤのみという殺し屋だった)、ボンドガールとして再びその姿が観られて大変うれしかった。そういえば彼女、「イングロリアス・バスターズ」に台詞のないちょい役で出ていて、そのときもクリストフ・ヴァルツと共演(同じ画面に映っていた程度だけれど)していたんだね。ちょい役すぎて忘れてた。
 クリストフ・ヴァルツについては・・・悪役がとても似合うなあくらいの感想にしておく。
 今作はMI6の面々にも活躍の場が与えられていて、新任のMであるレイフ・ファインズも、詳しくは書かないけれど新鮮なアクティブさを見せていて良かった。Mやマニーペニーはオフィスで高見の見物をしてなきゃダメ!というファンも当然いるだろうけれど、それはやはり現代的なアレンジとして受け入れてもいいんじゃないかな。Mが指令を出し、マニーペニーとちょっと絡んで、出かけ際にQから新兵器(たまに珍兵器)をもらうのが昔の007のスタイルだったわけだけれど、新時代の007は仲間たちの支えがあってもいいと思う。組織の在り方の変化というのも、今作のテーマになっていると思う。
 そういう意味では007映画そのものが時代とどう付き合っていくかということも自問自答する作品だったと言えるかもしれない。スパイや「殺しのライセンス」といった、007のアイデンティティ自体が冷戦時代の遺物なのかもしれないが、英国が地上にあり続ける限り、これからもジェームズ・ボンド映画は作られ続けるのだと思うし、そう願うばかりだ。

「アントマン」感想


 9月の映画ですが、ようやく感想が描けた。。。
 マーベル・コミックのヒーロー達が活躍し、別々の映画でありながらひとつの宇宙を構築している「マーベル・シネマティック・ユニバース」。そのフェーズ2(第二段階)の最後の作品となる「アントマン」。「アベンジャーズ:エイジ・オブ・ウルトロン」での壮大すぎる戦いのあとで、一体どんな映画がフェーズ2のトリを飾るのかとわくわくしていたら、なんと身長3センチメートルの小さなヒーローの物語だった。愛する娘を守るためにダメダメな親父が蟻サイズに縮んで戦う軽快な作品である。他のマーベル作品への伏線もきちんと張りながらも、全く他のを観ていない人でも楽しめるのではないだろうか。蟻サイズに縮むからこそのトリッキーな戦い方や、ギャグなどもとても楽しめる。一本の映画としてとても良いと思う。
 というわけなので、全体で見れば「エイジ・オブ・ウルトロン」のあとでの、ちょっとした休憩というか、息抜きのような作品なのかもしれない。ずっと深刻で壮絶な戦いばかりだとしんどいしね。ましてや来年は「キャプテン・アメリカ:シビル・ウォー」という、またしてもヒーローたちがグジグジと悩みそうな作品が控えているわけだし・・・。そういう意味でもこの「アントマン」はMCUシリーズ全体にメリハリを与えているし、マーベル・ヒーロー持ち前の「ノリ」も最大限生かせてると思う。
 とにかく楽しい。楽しいからこそ次回作「シビル・ウォー」のことを考えると憂鬱だが(「シビル・ウォー」への伏線も一応ある)。
 今後のアベンジャーズへのアントマン参戦に期待。特に原作やアニメーション作品でもお馴染みとなっているホークアイとのコンボ技、「先端にアントマンがしがみついた矢をホークアイが人が入れない隙間に撃ち込み通り抜けたところでアントマンが中の敵をやっつける」やつが見れるかもしれないと思うとわくわくする。

【営業報告】「Pen」007特集


・本日発売の「Pen」12/15号の「007」特集内にて、ジェームズ・ボンドのイラストを多数描かせていただきました。ボンドファッションについて高橋一史さんと尹勝浩さんが熱く語る対談記事となります。
 先月の美術手帖「スター・ウォーズ」特集に引き続き好きな映画の特集のお手伝いができて大変うれしいです。最新作「スペクター」も試写で観させていただきました。貴重な経験ができました。
http://www.amazon.co.jp/…/B…/ref=cm_sw_r_tw_dp_qEcxwb02A83ZM


2015/11/17

【営業報告】美術手帖「スター・ウォーズ特集」


 美術手帖12月号の「スター・ウォーズ」特集にて、「スカイウォーカー家物語」題してイラストコラムを担当させていただいております。フルカラーのイラストと文章で、スカイウォーカーの血筋の物語を紐解く内容になっています。
SW特集で仕事をさせていただくのは今年の目標のひとつでもあり、こういう仕事をするためにイラストレーターになったと言っても過言ではなかったので、とても感激しています。スター・ウォーズが好きで本当に良かった!これからも好きでい続けよう、もっと好きになろうと思います。
 また、自分のコラムだけでなく、長谷川町蔵先生と山崎まどか先生によってSWのアメリカ性が語られる、出張版「ヤング・アダルトU.S.A.」のページでもカットを描いています。大好きなおふたりがSWを語られていること自体胸が熱くなりますが、そこに自分の描いたイラストが使われているのはとても感慨深いです。「美術手帖」さんでこんなに描かせていただけたことも大変光栄です。
12月18日の最新作公開に向けて、ぜひご覧頂ければ幸いです。ぼくの書いた記事が少しでもSWへの理解を深めるのに役立つことができればこれ以上うれしいことはありません。




2015/11/15

【営業報告】asta*12月号


・ポプラ社asta*12月号(もう12月!)の「秘密図書館」では三浦しをんさんの「あの家に暮らす四人の女」(中央公論新社)の感想を書かせていただいています。
http://www.webasta.jp/asta/


・JET SETさんの卓上カレンダーの現物が届きました。サンプルでは黒い線で描かれていたイラストですが、実際は月ごとにいろいろな色になっています。小さな絵柄がスケジュールのアクセントになればと思います。

2015/11/13

【営業報告】ノベルティ・カレンダー他


・京都に本店(東京店は下北沢)のあるレコードショップ、JET SETさんのノベルティカレンダー(卓上)の絵柄を描かせていただきました。
 珍しく音楽にちなんだ絵になっています。 お取り扱いは11月21日より。店頭では一度に1500円以上のお買い物につき一点、オンラインショップ上では60ポイントで一点と交換できるそうです。
http://www.jetsetrecords.net/news/2015/10/2016.php


・映画「WISH I WAS HERE 僕らのいる場所」(監督/主演ザック・ブラフ)DVDの、タワーレコード購入特典(マグネットステッカー)にイラストを描かせていただいています。クリスマスの発売となります。
 http://tower.jp/item/4081312

 今回はグッズのお知らせとなりました。よろしくお願い致します。

2015/10/19

スター・ウォーズ新作メモ 11-12


 すでに公開まで2ヶ月を切ったので更新ペースを上げたいところ。でも、公開したあともこのスタイルでSW記事制作を続けたいと思っている。ちなみに新たな予告編が近々公開されるそう(明日?)。
 初の女性主人公ということで、デイジー・リドリー演じるレイに注目が集まる。とは言え今までの作品でもレイアやパドメは主人公のひとりとして活躍しているので、そこまで新鮮なことではない。主人公はひとりのようでありながら皆主人公でもあるのがSWの良いところだし、SWは男女ともに楽しめるものだとぼく個人は考えている。
 レイがソロ夫妻の娘である可能性は濃厚となっており、なんとなく設定は想像がつくのだが、フィンに関しては謎な部分が多い。最初のティーザー映像に冒頭から登場して以来新作におけるひとつの顔となっている彼を、同じ黒人というだけでランド・カルリジアンの息子だとする説もあり、それはさすがに安直だろうと思っていたのだが(安直というかやや乱暴のような気もする。ほかにも黒人は大勢いるという可能性を無視しているように見えるし、ランドの顔とフィンの顔は全然似ていないのに黒人というくくりで考えてしまう感じがいただけない)、ここへきてその可能性も捨てられないものとなった。フィンは「帝国の逆襲」で奪われたルーク・スカイウォーカーの青いライトセイバー(元アナキンのライトセイバー)をクラウド・シティまで探しにいくミッションを与えられているのだという情報もあり、そうなると空中都市を介してランド(「帝国の逆襲」では主人公たちがクラウド・シティでランドと出会う)のイメージと重なっていくのだ。フィンはコンセプトアートの段階からアナキン=ルークのライトセイバーを上着のポケットに入れている姿が見られているので、ライトセイバーを巡る冒険では重要な役割を果たすだろう。失われたはずのライトセイバーが取り戻されるということは、アナキン、ルークに続いて次の世代がこの武器を手にとることになり(恐らくはレイ。恐らくはね)、一本のライトセイバーが三世代に渡って受け継がれることになる。熱い。
 ポー・ダメロンはティーザー映像のせいでXウィングを乗り回しながら「フォオオオオオ!!」と叫んでる人、というイメージが強いが、あの様子からもポーのパーソナリティはそれなりに伺うことができる。要は調子に乗りがちなエース・パイロットといったところだろう。ポーはレイに恋心を抱いているが、レイの父ハン・ソロは、ポーにかつての無鉄砲で未熟だった自分の姿を見出しておもしろくないのだというような設定も広まっている。真意は定かではないが自然だし、人物相関図としておもしろい。
 そうしてポーはなにか失敗をするのだと思う。というのも、ティーザー映像ではブルーのXウィングに乗っているが、レゴ・ブロック等のオモチャでも明らかになっているように黒とオレンジのXウィングにも搭乗することになる(ドロイド・ソケットにはBB-8が!)。ブルーの機体に乗っている間めちゃくちゃ調子に乗っているので(「フォオオオオ−———ウ!!」)、黒オレンジの機体はやらかしちゃった後に乗るものではないだろうか。ポーがストームトルーパーに連行される様子も確認されているので、ブルーの機体は墜落ないし拿捕されるのだろう。失敗するヒーローは好きだ。なんといっても主人公の失敗は物語を動かす。


 さて、ヒーローより魅力的で困るのがヴィランたちである。
 アダム・ドライバー扮するカイロ・レイだが、アダム・ドライバーといえばポー・ダメロン同様の赤いフライトスーツを着ている姿がリークされていた。そこでドライバーが演じるキャラクターはカイロ・レンではないのではないかともいわれたが、すぐあとに黒装束でトルーパーを率いるドライバーの姿が明らかにされた。では、フライトスーツを着ていた黒い長髪の人物は別人だったのだろうか。ここでひとつ立てられる説とは、カイロ・レンはレジスタンスの仲間だったが裏切るというもの。いきなりアナキン・スカイウォーカー・ルートに入ってしまうわけだ。彼がソロ夫妻の息子でレイの兄であるのが本当なら、彼は祖父であるダース・ヴェイダーに執着していることになる(祖父の遺骸を掘り出しにいき、焼け残ったヘルメットを手に入れるほどだ)。
 さらに言えば、Xウィングのパイロットだったカイロ・レンの裏切りが、さきに触れたポー・ダメロンの失敗にも繋がるのではないかとも考えられる。
 ぼくが今のところ新キャラクターの中で一番気に入っていて、その見せ場に期待しているのが、グウェンドリン・クリスティー扮するキャプテン・ファズマだ。クロムメッキのトルーパーの絵がリークされたときから、銀ピカの甲冑のようで気になっていたが、大柄な女性で(ぼくにとってはかなり重要だ)、ボバ・フェットに重なるキャラクターというからには好きにならないわけがない。今のところピカピカのイメージしかないが、薄汚れた姿も見てみたい。
 次世代の若者たちがメイン・キャラクターをかためる本作だが、ハックス将軍(「HUX」の訳がまだ定かではないが、ひとまずこう呼ぶが)もまたこれまでの帝国軍将校役としてはとても若い。だがこれまでの将校キャラに負けない貫禄がある。なんだこの袖を通していないコートは。ズルいではないか。オゼル提督が束になっても適わない有能さを示して欲しいところだ。
 というわけで今回は悪役サイドもちゃんと主人公サイドに対応したパーティ性があり、主人公たちよりも華やかでかっこよく見えてしまう。レジスタンスとファースト・オーダー、あなたならどちらを選ぶだろうか?


スター・ウォーズ新作メモ 10


 「スター・ウォーズ」といえば関連商品の膨大さだ。これはディズニー買収以前からの恒例行事で、新作公開の時期はたくさんの新商品が発売され、それらを通してまだ見ぬ新しい作品に思いを馳せることができる。新作をまったくやっていない時期ですら常にハズブロ社のアクション・フィギュアやレゴ・ブロックのセットなどは出続けているわけで、SWとオモチャは切り離すことができない。特にアクション・フィギュアは第一作目公開時からケナー社がメイン・キャラクターから脇役まで網羅するシリーズを売り出しており、後にハズブロ社に吸収されたあともその遺伝子は今日まで受け継がれている。映画とともに歴史を歩んで来たこの魅力的なプラスチックの人形についても語りたいところではあるが、それはまた今度にしよう。
 やっと発売されたばかりなので、まだまだラインナップは寂しいが、徐々にオモチャとして現れはじめた新キャラクターの姿形からいろいろな想像を膨らませることができる。
「レジスタンス・トルーパー」というこの絶妙にダサい兵士だが、「レジスタンス」という言葉はレゴ・ブロックのセットにも登場している。恐らく主人公サイドの陣営のようだが、だとすれば反乱軍は?そもそもエンドアの戦いから30年、反乱同盟軍は銀河系の天下を取ることができたのだろうか?それは物語の重要なベースとなる点なので常に気になるところではある。ティーザー映像の大破したスター・デストロイヤーなどを見たところ、どうやら反乱軍は帝国を打ち破ることができたんじゃないかと思うのが自然だし、そうなれば体制側として銀河を統治しているはずだが、新たな脅威の登場で再び劣勢に追い込まれることになるのだろうか。序盤でこそ新しい平和な共和国として登場するものの、すぐに「レジスタンス」に格下げされて強大な敵に抵抗を余儀なくされるということか。あるいは、「レジスタンス」というのは従来の反乱軍(現在の体制や名称がどうあれ)からも分離した一派なのかもしれない。いずれにせよ反乱軍のようで反乱軍ではない「レジスタンス」、帝国軍のようで帝国軍ではなさそうな「ファースト・オーダー」の戦いは新世代の戦いになりそうだ。
 同じくハズブロのベーシック・フィギュアに登場した「ズヴィオ」というエイリアン。この円盤型のかぶりもの、なんだか既視感があると思ったら全く同じものを被っているキャラクターがCGアニメシリーズ「クローン・ウォーズ」に登場している。キューゾという種族のエンボという賞金稼ぎだが、彼は円盤型のヘルメット(シールド=ハットというらしい)をかぶっており、ときにこれをフリスビーのように投げて武器にしたり、裏返して両足に敷いて斜面を下ったりといろいろな場面で使いこなしていた。エンボも、ズヴィオと同じように口元を隠しているのだが、その顔つきも似ていなくもない(そっくりではないが)。これは同じ種族か。あるいは第一作目「新たなる希望」の酒場のシーンに登場したエイリアンのデュロスと、「ファントム・メナス」に登場するニモイディアンが親戚のような関係にあるのと同じように、関連性があるのかもしれない。

2015/10/06

【営業報告】SPUR11月号他


・すっかりお知らせするのが遅くなりましたが、「SPUR」11月号にて挿絵を担当した「ヤング・アダルトU.S.A.」の特集ページで、イラストカットを描かせていただきました。フルカラーです。
http://hpplus.jp/spur/magazine/new

・ポプラ社の文芸PR誌「asta*」11月号の読書レビュー連載「秘密図書館 in asta*」では山内マリコさんの「東京23区」を取り上げさせていただいております。
http://www.webasta.jp/asta/

・ぼくのウェブサイトの作品集はTumblrブログを使っているのですが、このTumblrページをTumblr公式の注目イラストレーター枠に加えていただいております。
https://www.tumblr.com/spotlight/illustrators

・さらに同じページを注目の映画系ブログ枠にも入れてもらっています。ひとつのTumblrでふたつのジャンルに加えていただき大変うれしいです。映画イラストを描く人間として認識してもらえるのも大変光栄です。もちろん他にもいろいろ描いていくつもりです。
https://www.tumblr.com/spotlight/film

2015/09/23

台湾というところ


 9月13日から16日までのあいだ台湾旅行に行っていた。生まれて初めて自分の国の外(大した距離ではないのだけれど)に出たわけだけれど、思えば列島本州からも出たことがなかったのに、九州や沖縄をすっ飛ばしていきなり台湾までひとっ飛びとは、自分の中ではすごいことである。
         
(九份のお茶屋)

 まず台湾はとても暑いところだった。日が出ている間はとても活動的になれない蒸し暑さである。ぼくは日本も相当蒸し暑いところだと思っていたのだけれど、そんなことはなかった。台湾からやってきた人が、東京は乾燥していると言っていたので首をかしげたものだけれど、なるほど台北はもっともっと蒸している。それに日差しは東京のそれとは比べ物にならない。日中が暑いせいか、お店は大抵夜遅くまで営業しているらしかった。そして地下鉄の始発は朝6時と少し気持ち遅めだ。そういう他の国の事情というものに直接触れるのも初めてだったので、やけに興奮した。気温だけでなく、匂いや味も新鮮だった。どこもかしこも馴染みの無い匂いでいっぱいだ。食べ物は知らない味がする。今や東京ではいろいろな国の食べ物が口にできるというけれど、やはり現地で食べるのは違う。そこの空気の中で食べるその味は全く馴染みのない、知らないものだった。自分の舌に合うのかどうかもよくわからない未知の感じだった。

(茶館の南街得意)
 
 金銭感覚の鈍りには困ったものだった。海外にきている興奮もあってやたらと使ってしまったように思うが、そんなことは気にするべきではないだろう。それでも物価の感覚が微妙によくわかっておらず、あとでよくよく考えてみるとずいぶん高いところで飲み食いしたものだと思った。我ながらビンボーくさい。しかし、「200元」といった値段を見て頭の中で約4倍して日本円をつけるというような作業もぼくには大変新鮮だった。外国に来ているという感じ。セブンイレブンやファミリーマートといった馴染みのあるコンビニでも、なかなか勝手の違うところがあるのはおもしろい。犬の散歩をしていた人が犬を連れたまま入店しているのもちょっと衝撃的だった。


犬といえば、台湾ではひと昔前の日本のように繋がれていない犬がうろついている。ガイドブックでは確かに紐に繋がずに散歩をすると書いてあったが、これはもう散歩どころの話ではない。要するに以前の日本と同じ感覚で、犬が猫と同じように自由に歩き回っているということ。多少危険もありそうだけれど、これはこれで開放的な画に見えた。この写真の子、野犬同然にうろうろしているくせに尻尾をお洒落にライオン風にカットしてもらってるのがかわいい。
 好きに歩き回る犬を見てわかるように、人々や街そのものもどこか開放的に思えた。マナーはうるさく啓発されておらず、大抵のことはその人自身の自己責任となっているような感じ。だからみんな自由に過ごしているように見えた。もちろん、住んでみたら違うのかもしれないけれどね。東京に比べたらだいぶあけっぴろげに見えたってわけ。


 一番印象に残っているのはスクーターの多さ。自転車に乗っている人を見つけるのが大変なくらいみんな原付に乗っている。ボロボロのものからピカピカなものまで、老若男女問わず、子供や愛犬まで乗せて様々なスクーターが(大型のバイクはあまり見なかった)道路を大挙して走っている。信号を待つ際には車よりも前にあるバイクの停車スペースにみんな集まる。だから信号が変わった途端ものすごい数のバイクがいっぺんにぞろぞろと道路を走り出すわけだ。結構迫力があるし、それらの流れを見ているだけでも楽しかった。
 異様な蒸し暑さと強い日差し、開放的で独特の雰囲気、初めて嗅ぐ匂い、古い建物と新しい建物、綺麗な建物とちょっと汚い建物が同じところに詰まっていて、一言には言い表せない魅力でいっぱいところだった。初めての海外旅行、しっかりイラストで旅行記にしたいと思う。そこにいろいろ詳しく描きたいと思っているので、ここでは詳しい日程や観光したスポットなどは省略しておきます。

2015/09/01

ぼくが初めての海外旅行の行き先に選んだのは


 じゃーん、日本国旅券。
 これがあれば国交が正常な国なら世界中どこでも行けるのさ。9月は人生で初めての海外旅行に行く予定である。
 未だ見ぬ外の世界への憧れと同時にやってくる苛立ちについては以前「私が宇宙旅行について思うこと」という散文に織り交ぜて書いた。舞台は近未来、宇宙旅行が誰でも行ける当たり前のものになった世の中で、友人たちが頻繁にそして気軽に宇宙旅行に出かけて行くのを横目に主人公は憧れと苛立ちの入り交じった気持ちでもやもやするという内容。この文章を書いたとき、すでにぼくは人生初となる海外旅行の計画を妻に持ち込み、彼女の賛同を得たところだった。宇宙旅行に想いを馳せる主人公同様、いてもたってもいられなくなったのだ。
 行き先はと言うと、台湾である。かねてから憧れの人達が台北市内を満喫しているのをSNSで見て興味があったし、それほど金額もかからない。とっても近い外国ではあるが、初めての海外旅行には丁度良いと思う。今後少しずつ距離を伸ばしてもっと遠い国にでも行けばいいのだ。最初の一歩には最適な場所だと思うわけ。
 東京で感じている閉塞感を破るきっかけにもなるだろう。最初の一歩が踏み出せればあとはどこにだって行けそうな気がするし、本当に見知らぬ土地で新鮮な気分に浸ってみたい。そうして帰ってきたときに自分の住む場所の良さが改めてわかれば良いと思う。外から見ないと自分がどういうところで暮らしているのかわからないというものだ。